silentシナリオブックが予約で既に話題沸騰 新人脚本家・生方美久の飛び抜けた才能を読む
フジテレビ系木曜10時放送の『silent』は今期一、いや、2022年内で最も注目を集めたドラマと言わざるを得ない。
本作は、川口春奈演じる主人公の青羽紬が、耳に難病を抱える高校時代の恋人・佐倉想(目黒蓮)と“音のない世界”で新たに心を通わせていく完全オリジナルのラブストーリー。思わず誰かと語りたくなるポイントが満載で、いつも放送後はSNSで盛り上がりをみせ、Twitterでの世界トレンド1位を何度も獲得。放送開始からまだ約1ヶ月でありながら、イー・ガーディアン社発表の「SNS流行語大賞2022」で第2位にランクインした。見逃し配信再生回数でも歴代最高記録を更新するなど、大ブームとなっている。
そんな本作の脚本集『silent シナリオブック 完全版』(扶桑社)が12月24日に発売されることが決定。すでに予約が殺到しているようで、初日の時点でAmazon売上ランキング総合1位に躍り出た。
ちなみにシナリオブックとは、映画やドラマの脚本=シナリオ、もっと分かりやすくいえば台本をそのまま収録した読み物だ。脚本は、場所と時間帯を指定する「柱」、登場人物の動きや場面状況を表す「ト書き」、誰が何を言ったかを示す「台詞」で構成されたもの。いわば、作品の“土台”で、そこに役者の芝居や演出・音楽・照明・衣装といった様々な要素が乗っかり(あるいは土台の一部を削って)、完成したものを普段私たちは見ている。
映像化を前提とするなら、脚本は一切デコレーションされていないスポンジケーキのような未完成品といえるだろう。それ自体で完成されている小説とは異なるので、読み慣れていないと最初は戸惑うかもしれない。それでも、シナリオブックを読む価値はある。なぜなら、脚本家のストーリーを組み立てる構成力、魅力的なキャラクターや台詞を生み出す発想力と表現力、言葉のセンスなど、まだ何も加えられていない“素材の良さ”を味わえるからだ。
これまでシナリオブック化された作品は、そうした力のある脚本家が手がけているものが多い。例えば、『獣になれない私たち』や『MIU404』(野木亜紀子)、『大豆田とわ子と三人の元夫』や『初恋の悪魔』(坂元裕二)、『ひよっこ』(岡田惠和)、『おっさんずラブ』(徳尾浩司)など、いずれもコアなファンがついた人気脚本家による原作のないオリジナル作品だ。
一方、『silent』を手がけた生方美久は、昨年に若手脚本家の登竜門と呼ばれる「第33回フジテレビヤングシナリオ大賞」で大賞を受賞。今回が連ドラの脚本を執筆するのが初めてという29歳の新人だ。新人脚本家は多くの場合、最初は他の脚本家との“共同執筆”、または小説や漫画などの原作を元に脚本を書く“脚色”の仕事からスタートとなる。だから、生方のようにデビュー作からいきなりオリジナル、しかも、これほどのヒットを飛ばし、シナリオブックにまでなるのは異例中の異例。それだけの手腕があるということだ。
まず、目を見張るのはその構成力。例えば、第1話の冒頭で高校時代の紬と想が通学路でたわいもない会話をするシーンがあった。そこで想は微笑みながらはしゃぐ紬を「うるさい」とたしなめるのだが、終盤になり、ふたりが8年ぶりに再会を果たすシーンでは聴力を失った想が、何も知らずに話しかけてくる紬に「お前、うるさいんだよ」と手話で伝える。同じ言葉でも、前者は“好意”、後者は“拒絶”を示しており、意味は真逆。「うるさい」というフレーズを使った2つのシーンにより、紬と想の関係性の変化、愛しい紬の声を聞きたくても二度と聞くことのできない想の哀しみを伝えている。
小道具の使い方も抜群にうまい。例えば、ろう者の桃野奈々(夏帆)というキャラクターを視聴者に伝える上では「カバン」を巧みに使っている。奈々は想に片思いしている設定だが、それをそのまま脚本に記すことはできない。脚本には“目に見えるもの”しか描けないので、片思いの相手に取る行動や、見せる表情、片思いしていることを分からせる台詞が必要となる。生方の場合は、想に会う前に奈々がいつも「リュックのファスナーをわざと少し開ける」という行動により、奈々の想に構ってほしい、想のことが好きという気持ちを表した。そして、のちに奈々がファスナーを開ける行動は、大学時代に好きだった春尾(風間俊平)との思い出がきっかけとなったことも明らかとなる。
また、第6話では奈々がショーウィンドウに飾られた青いハンドバッグを切なげに見つめる場面が。その後、奈々が夢の中でそのハンドバックを片手に持ち、もう片方の手で想と手を繋いで歩いている姿が描かれる。でも、それは叶わぬ夢。両手が塞がっていては手話ができないから。ああ、だから奈々はハンドバッグをあんな風に見ていたんだと、なんとなく気になっていた場面の意味が後になって分かることが非常に多い。
台詞も良い意味で引っかかる。例えば、高校時代の紬が心で呟いた「学校っていうのはすごい場所だった。いやでも週5で行く場所で、いやでも週5で好きな人に会える場所だった」、必死に周りの期待に応えようとする会社員時代の紬に同級生の湊人(鈴鹿央士)が言った「やればできるってやらせるための呪文だよ。期待と圧力は違うよ」、奈々が中途失聴者の想に送った「音がなくなることは悲しいことかもしれないけど、音のない世界は悲しい世界じゃない」など、しっかり噛み締めたい台詞がたくさんあるのだ。
生方は場面や台詞、小道具に至るまで、取りこぼしなく一つひとつに意味を持たせる脚本家。すべてが“伏線”になっていると言っても過言ではない。シナリオブックを読めば、きっとドラマでは取りこぼしてしまった仕掛けに気づくだろう。未公開シーンを含めた完全版となっているので、よりドラマへの理解度も上がるはず。もちろん、“土台”である脚本を見ながら、キャストがいかに解釈して演じているか、どの部分が脚色されたのかをチェックするのも楽しみの一つ。
クリスマスイブに発売となる『silent シナリオブック 完全版』はまるでプレゼントかのよう。その後に訪れる年末年始の休暇にぜひsilentの世界に浸ってほしい。