今夏最も泣ける映画『今夜、世界からこの恋が消えても』は原作小説も落涙必至 スピンオフ作品も楽しもう

 第26回電撃小説大賞でメディアワークス文庫賞を授賞した一条岬『今夜、世界からこの恋が消えても』(メディアワークス文庫)が、『陽だまりの彼女』や『ぼくは明日、昨日のきみとデートする』の三木孝浩監督によって映画化された。泣ける映画として評判で、なにわ男子の道枝駿佑が東宝シンデレラの福本莉子とW主演していていることもあって女性ファンでいっぱいの劇場に、上映半ばからすすり泣く声が広がり、ハンカチを取り出す動きも目の端に映る。どうして「セカコイ」は泣けるのかを、原作小説とその続編から考察した。

 昨日がダメだったなら今日を良い日にすれば良い。今日がダメでも明日はきっと良くなるだろう。日によって浮き沈みがある人生を、そうやってトータルで補い合うのが普通の人間の生き方だ。これが、『今夜、世界からこの恋が消えて』という小説を読んだり、映画を見たりした後は、今日という日であり今という瞬間を、めいっぱい楽しく生きようと思えるようになる。

 男子生徒に人気の日野真織に付き合って欲しいと声をかけた神谷透という高校生がいた。心底から真織のことが好きになった訳ではなく、クラスメイトの下川くんがいじめにあっているのを止めさせる条件として、無理ゲーを承知で真織に告白をして来いと言われたから従ったまでだった。ところが、真織は見知らぬ男子だったはずの透にOKの返事をしてしまう。

 ただし条件が幾つか。それは、放課後になるまでお互いに話しかけないこと、連絡のやりとりは出来るだけ簡潔にすること、真織のことを本気で好きにならないこと――の3つ。もしかしたら透の事情を察して、双方が負担にならないような付き合い方を考えてくれたのかもしれない。そう思っていたら、意外にも真織は透と結構な頻度で会って言葉を交わし、いっしょに出歩くようになる。

 そうやって付き合っていく中で、透は真織が身に特別な事情を抱えていることを知る。「前向性健忘」。高校二年生のゴールデンウィークに交通事故に遭った真織は、それ以降の日々の記憶が眠ると消えてしまう状態にあった。真織は毎日あったことを忘れないようにメモをとり、自分の状態を説明する文章とともに書き残して、翌日の自分に宛てて送っていた。

 このあたりの設定は、原作や映画のあらすじでも紹介されていることなので伏せないでおく。真織の事情を知った透は、真織が毎朝起きて「前向性健忘」のことを知って絶望しないよう、真織の毎日を楽しいものにして、その記録を読んだ真織が自分を奮い立たせられるようにしようと考える。毎日のように出会い、真織を喜ばせる透の優しさに触れて、読者も観客もじんわりと泣けてくる。

 実はこうした設定は、ピーター・シーガルとドリュー・バリュモアによる映画『50回目のファースト・キス』でも描かれていて、人によっては心を打たれても驚きには至らないかもしれない。透が自分のいじめを止めさせるために、真織に振られて恥をかくことを厭わず告白したことを知った下川くんが、勇気を振り絞っていじめを告発する、映画では描かれなかった原作の描写も感動的だが、涙を誘う類のものではない。

 本番はその後に来る。小説や映画の展開の核でもあるから詳しい説明は避けるが、ここで中心になるのが、真織の親友で「前向性健忘」のことを知っている綿矢泉という女子だ。大きく展開する事態の中で、泉は真織の今日しか存在しない心を守るために重大な決断をする。それが、真織と違って明日も明後日も続く自分の心を、激しく痛め傷つけるものだと分かっていても、厭わずに進んだ強さと優しさに泣けるのだ。

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