海賊王におれはなる! まるでワンピースな日本史上稀有の「海賊王」 藤原純友の波乱に満ちた人生航路

 週刊少年ジャンプの国民的人気マンガ『ONE PIECE』が1ヶ月の休載をはさんで、いよいよ物語の最終盤に突入するそうだ。尾田栄一郎が四半世紀にわたって連載を続け、人気を保っているのもスゴイが、なによりも、日本で海賊ものをヒットさせたことが驚きだった。映画『パイレーツ オブ カリビアン』より先なのだ。

 世界的にはイギリスの作家、スティーブンソンの『宝島』などがあり、海賊ものはひとつの人気ジャンルだ。でも、海に囲まれた島国でありながら、日本にはそれが少ない。過去には、村上水軍から世界の海に漕ぎ出す若者を描いた白石一郎の『海狼伝』(文春文庫)が直木賞作となるなど、いい作品はあるのに定着しない。

 日本の国民性が、遣唐使廃止で国風文化が育ちすぎたからなのか、鎖国の影響なのか、もっと別の理由なのか、わからないが、とにかく海賊ものは弱いのだ。でも、季節は夏だ。海にも行きたくなるし、ルフィのように冒険心があふれてくるものである。

 そこで、日本の海賊王でも紹介してみよう。歴史の授業中、承平天慶の乱で平将門と一緒に名前を書かされたであろう人物、藤原純友(ふじわらのすみとも)だ。

 平安時代中期、平将門(たいらのまさかど)とほぼ同時期に朝廷に対して大規模な反乱を起こしたのが藤原純友という人。

 藤原姓であり、系図上は摂関家となった藤原北家につながる人物で、つまりは貴族だ。なのに、なぜか瀬戸内海賊の首領になって反乱に至っている。

「食いっぱぐれる身分でもなかろうに」そう感じるだろう。そこに、この人物の大きな謎がある。

律令制度の破綻が海賊王を生み出す

 平安時代というのは、朝廷が律令国家をめざし、中国王朝みたいになろうとした奈良時代を継承している。しかし、結局はその律令制が破綻した時代だ。

 その律令制度というのは、実は陸の国家である中国王朝の論理だ。根本は農耕民族の農政であり、それを基本に税制や兵制がある。だから、騎馬民族国家が中国を何度も制圧しても、結局はこの論理を受け入れる形で中国王朝のフォーマットに染まっていく構造がある。

 だが、これを導入した日本は島国だ。ちゃんとアレンジも加えたのだが、海に生きる人々とは、どうしてもズレがある。

 さらに、陸においても律令制は馴染まない。豪族の集団統治からスタートした国なので、「公地公民という掛け声はファンタジーだった?」と感じるほどに天下は荘園という私有地まみれになる。平安時代になって、地方に軍を置かなくなるなど、朝廷も地方統治をあきらめた感があった。

 都から地方に多くの人が切り捨てられていく形だ。なのに、役人だけは派遣し、税だけはしっかり徴収しようとする。

 こういう矛盾が、関東では武士を生み、それが平将門という豪勇と結びついて乱を生んだ。純友のいた瀬戸内も、当然、都から切り捨てられた場所となる。

 大航海時代は15世紀以降のことで、藤原純友が生きたのは10世紀だ。羅針盤を使い、大海原を帆走できる時代は遠い未来だった。船といっても、陸を眺めながら、航路を決める時代。

 でも、瀬戸内は少し違う。

 ここは内海であり、陸を眺めての長距離航海が可能な場所だった。陸で荷車引いて物を運ぶよりも、もっと効率いい輸送ができる地域なのだ。瀬戸内海は物資輸送の高速道路だったと評する人もいる。

 農耕とは違う生き方が、そこにはあったはずだ。
 これが行政との齟齬を生む。海の人たちに不満がたまる。

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