ライブハウスへ足を運ぶのは命がけの行為だったーー『右手を失くしたカリスマ MASAMI伝』が伝える、80年代のアンダーグラウンド・シーン

『右手を失くしたカリスマ MASAMI伝』レビュー

 かつて――というのは、80年代のことだが――“ライブハウスへ足を運ぶ”という行為は、比喩でも誇張でもなく、“命がけ”であった。そこでは客同士、あるいは客とバンドメンバーとの乱闘騒ぎなどは珍しくもなく、豚の臓物や人間の汚物がぶちまけられ、中には、「いかなる事故が発生し、危害が加わろうと主催者側に責任はない」というような内容の誓約書にサインをしないと観られないステージまであった。

 とりわけハードコアパンクのライブ会場は危険極まりない場所であったが、そのような“悪所”になぜ、あの時代、一定数以上の人々が集まったのかといえば(何しろこのハードコアを中心にしたジャパニーズ・パンクの隆盛が、後のインディーズブーム、引いてはバンドブームの源流の1つとなるのだ)、それはやはり、その暴力的な音楽と空間に、多かれ少なかれ、人を惹きつける“何か”があったからだろう。

 なお、ハードコアパンクとは、オリジナルのパンクロックからロックンロール色(もしくはメロディの要素)を排し、ひたすら過激さとスピードを追求した烈しいサウンドのことを指す。

80年代のパンクシーンにおける唯一無二の存在

 さて、4月30日、そんな80年代の日本のハードコアパンクのシーンを描いた、ISHIYAの『右手を失くしたカリスマ MASAMI伝』(blueprint)が発売された。

 著者のISHIYAは、FORWARD、DEATH SIDEのボーカリストとしても知られる存在だが、ライターとしての活動も行(おこな)っており、2021年1月、『ISHIYA私観 ジャパニーズ・ハードコア30年史』(blueprint)というノンフィクションを刊行。本書はいわばその第2弾(番外編)だが、タイトルにもあるように、「マサミ」というひとりのカリスマに焦点を当てている点が、(シーン全体を俯瞰した)前作との大きな違いといえるだろうか。

 マサミこと細谷雅巳は、1958年、千葉県に生まれた。小学校1年生の頃、(おそらくは“いたずら”のつもりで扱っていた)ダイナマイトによる事故で、右の手首から先を消失、その障がいにより、周りから理不尽な差別(やイジメ)を受けるようになる。また、実の父親からも常に疎まれていたようであり、中学卒業後、少年院への入所(約1年間)などを経て、上京。やがて、暴力に満ちた日々を送る中で、気の合う仲間たちと出会い、80年代の日本のパンクシーンには欠かせないカリスマとなっていく。THE TRASH、GHOUL、BAD LOTS、MASAMI&L.O.X、SQWADといったパンクバンドでボーカリストを務め(中でもGHOULは、マサミの代名詞的なバンドである)、1992年、34歳の若さで他界した……。

己(おのれ)をさらけ出し、既成概念を破壊するということ

 本書の口絵ページにも何枚か当時の写真が掲載されているが、義手をつけずに、“自らの全てをさらけ出した”モヒカンのマサミがシャウトしている姿のなんと潔いことか。こうしたアティテュード(姿勢)については、(マサミの数少ない親族の理解者である)叔母が、かつて彼にいったというこの言葉も無視できまい。「まだ義手をつけたままでやってるの? パンクは自分をさらけ出してやるんじゃないの?」

 また、驚くべきは、彼のジャンルを超えた交際範囲の広さだ。“敵”と見なした人間には容赦なく暴力を振るったようだが、いったん“仲間”として認めた相手にはとことん優しい。このひとりの人間の中にある両義性がマサミという男の魅力だったのだろう。

 そして、他に類を見ない、唯一無二の表現者だった。(基本的に)“歌詞に頼らない”という特異なボーカルスタイルひとつとっても、それはわかるだろう。

(前略)歌詞がなくとも、マサミが登場するだけで会場が一体となるオーラを纏っていた。パフォーマーとして、表現者として活動し続けたマサミであったが、表現においては独自な感性があったのだろう。

 マサミの人生において感じた、自分の中にある全てを表現するには、ハードコアパンクという生き方がベストだとマサミは選択したと筆者は感じている。(中略)ステージにしろ日常にしろ、生半可な気持ちで表現をしていたとは思えない。ハードコアパンクとしてマサミが自分自身を表現するときに、言葉という既成の手段では表現したくなかったのではないか?

(ISHIYA『右手を失くしたカリスマ MASAMI伝』blueprintより)

 そう、ハードコアに限らず、パンクとは、既成の価値観を破壊して、新しい世界を創造するための手段に他ならない。そういう意味では、マサミが創ろうとしていた世界には、歌詞など必要なかったのだろう。

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