舞城王太郎がOP手がけたアニメ版も大人気 『錆喰いビスコ』が壊れた世界で立ち上がる力をくれる
当たり前だと思っていた世界は、いとも簡単に崩壊する。一度壊れた秩序を回復するのは容易ではないが、そこに、強い意思と力で世界を蘇らせようと奮闘する人たちの物語があれば、萎えていた気持ちも刺激されるだろう。マンガ化&テレビアニメ化された瘤久保慎司のライトノベル『錆喰いビスコ』(電撃文庫)はまさに、荒廃や失意から立ち上がって突き進むエネルギーを与えてくれる物語だ。
テツジンと呼ばれる防衛兵器が東京で爆発を起こし、日本は生き物も建物も錆び付かせる風が吹き荒れて滅亡の瀬戸際にあった。そんな土地を旅する少年と老人と巨大なカニがいた。少年は赤星ビスコという名で連れの老人は師匠のジャビ。2人は「キノコ守り」という集団に所属し、矢を放って菌糸を植え付け、キノコを生やす技を使って崩壊後の世界に現れた巨大生物を撃退していた。
ビスコたちが旅をしていたのは、ジャビがおかされている体が錆びる病気の特効薬となるキノコ《錆喰い》を探すため。もっとも世間は、キノコ守りこそが世界を脅かす錆を拡散させていると考えていて、ビスコにもお尋ね者として賞金がかけられていた。追われながらの旅でビスコたちは忌浜県へとたどり着く。そこで出会ったのが、少年ながらも医師として働く猫柳ミロだった。
第24回電撃小説大賞で〈銀賞〉となった『錆喰いビスコ』は、錆に冒され始めている姉のパウーを助けたいと願うミロが、ビスコとバディになって大冒険を繰り広げる展開で読む人をグイグイと引き込む。赤岸Kが描く荒々しいタッチのキャラクター、mochaによる荒廃した世界のビジョンとも相まって大評判となり、『このライトノベルがすごい!2019』の文庫部門で総合と新作の1位を獲得した。
すぐにでもアニメ化されそうな勢いだったが、個性的すぎるキャラクターによるスピーディな戦闘シーン、それもキノコがボフボフと生える突拍子もないイメージを絵にするのは大変だったのだろうか。「マンガUP!」での漫画版の連載を経て、刊行からほぼ4年が経つ2022年1月からようやくアニメがスタート。期間をおいただけあって、作品が持つパワーやテーマをしっかりと感じさせてくれるものになっていてた。
『錆喰いビスコ』には、巨大化して空に浮かぶようになったトビフグや、『DUNE/デューン 砂の惑星』のサンドワームを思わせる筒蛇が巨大な姿で登場する。それらを相手に矢を放ち、銛をたたき込んで戦うビスコのアクションは、小説でも読みどころならアニメでも一番の見どころだ。ビスコと連れ立って旅をするうちに、弓矢の使い方を覚え戦うようになっていくミロの成長も楽しめる。
ビスコやミロ以外のキャラクターも良い。ミロの姉のパウーはジャビと同じ錆の病に蝕まれながらも、自警団長として忌浜を守っていて、ビスコとも激しいバトルを繰り広げる。強さで魅せてくれる女性だ。そして黒革。知事として忌浜県を仕切っているが、その手法は暴力による支配。狡猾で残忍な人間性を、アニメでは津田健次郎が絶妙な演技で表現している。
そのアニメで興味深いのは、オープニングの絵コンテを舞城王太郎が手がけているという点だ。『阿修羅ガール』で三島由紀夫賞を受賞しながら本人が一切表に現れず、デビューから20年以上も覆面作家を続けている奇才が、奇妙な生物たちが空を飛び交う世界でビスコやミロの躍動する姿を示してみせた。
短編アニメを配信する企画「日本アニメ(ーター)見本市」で、『龍の歯医者』という作品の原案・脚本・絵コンテ・監督を手がけたこともある舞城だが、どういう経緯から『錆喰いビスコ』に参加したかは気になるところ。もしかしたら、錆び付いて滅びへと向かう世界で激変してしまった生態系に興味があったのかもしれない。『龍の歯医者』でも舞城は、龍とは名ばかりの異形の巨大生物が空を行くビジョンを提示していた。