藤岡みなみが語る「ふやす」ミニマリスト生活 家の中で“暮らしの旅”をする
続けていく中での苦悩
ーーシンプルライフがしんどいと思うことはありましたか?藤岡:80日目を過ぎたあたりで、選ぶことにしんどさを覚えました。はじめは欲しいものを手に入れるワクワク感があったんですけど、80日目にしてもういらないと思いました。1日1個しかチャンスがないから、失敗しないように熟考すると結構エネルギーを使うんですよね。エネルギーを使った分、道具に対して責任も持てるんですけど疲れます。一つひとつを簡単にポンポンと購入し続けたら無限に物欲は湧くのかもしれないけど、ちゃんと全体重を乗っけて欲しいものを選んでいくと、思ったより早く限界が来るんじゃないですかね。
ーーシンプルライフを経て、もののあふれる日常に戻ったら、何かしたい、欲しいといった欲望や感情は芽生えましたか?
藤岡:すぐスマホを触りたくなったり、ネットですぐ買い物したくなったり、気づけば、またすぐに以前の暮らしに戻りそうになりました。でも、大きな変化として、自分の感覚を失いそうになる一歩手前で、ものへの依存を止められるようになった気がします。もともと私は好きなものに囲まれて暮らしていて、今もミニマリストになったわけではないんです。100日間を経てシンプルライフが完全に習慣づいたというよりは、あの挑戦の日々が印象的な旅の思い出のようになっています。生活の中で特殊な旅を3ヶ月していた感じですかね。全てが変わったのではなく、手ごたえや実感がちゃんと残っています。
シンプルライフは、家の中でできる旅だった
ーー100日間続けて、何か気づきはありましたか?
藤岡:ものがないときって時間が無限にあるように感じるんです。だから、最近はどうしたらあの時のように時間を過ごせるのか試行錯誤しています。コツさえ掴めたら、体感時間を延ばせる気がするんです。思い返すとヒントはいくつも転がっていて、自分が気に入っている便箋とペンでゆっくりと手紙を書いたり、花瓶に花を挿してみたり、効率よく生きるためには余計かもしれないことをすればするほど時間が長く感じます。洗濯機を使うと手間が減って、その分使える時間が増えるんですが、実はそうでもない気がするんです。何かを堪能するとか、時間を味わうことそのものが、体感時間を延ばしてくれているんじゃないでしょうか。
ーー体感時間が延びているってことは、集中力が上がっているんですかね。
藤岡:そうかもしれないですね。例えば「速読」って時間を作るのに有効と言われていますが、逆だと思うんです。どうやって体感時間を長く感じられるようになるのか、その意識の中に入るための道具は人によって様々で、キャンドルかもしれないし、お気に入りのコーヒーカップかもしれない。入り込むきっかけはどこにでもあると思っていて、この本の中では「暮らしの相対性理論」と呼んで意識していましたね。
ーー社会が豊かになっても人は幸せになるわけではないのかもしれないですね。
藤岡:そうなんです、この本はそういう挑戦をした記録なんです。現代を生きる私たちって昔と比べると一定の物理的豊かさをベースにして暮らしているわけじゃないですか。その豊かさを剥がした先に、「どう生きていくか」というすごく壮大なテーマがあると思いました。
タイトルやたたずまいからして、読む前はいい感じのライフスタイルをおすすめする本に受け取られがちなんですけど、そうではなく、「生活って何だろう?」「生きるって何だろう?」「時間って何だろう?」っていう誰にでも関係のある大きな問いを含んでいると感じていて。もちろん私はその答えをすべて知っているという立場ではなくて、それって何だろう?って体を張って考えてみました。
ーー最後に、どんな方にこの本を届けたいですか?
藤岡:自分の生活に少しでも思うことがある人や、旅が好きな人に読んでもらえたら嬉しいです。旅って知らないものに出会うことが醍醐味で、非日常というのが旅の概念そのものだと思うんです。今回の挑戦は当たり前の道具と距離をとって日常を剥がすことで、家の中なのに非日常を体験できました。だから、旅って言ってしまっていいのかな。家の中でする「暮らしの旅の本」ですかね。