文筆家・木村綾子が月10冊を選書 多彩な企画と本を届ける書店「コトゴトブックス」の挑戦

「コトゴトブックス」木村綾子インタビュー

片岡義男さんの言葉、西加奈子さんからの手紙

 「作家への企画書にはラブレター並みの熱量を込めます」と木村さん。実際に完成度の高い特典を見ていると、著者自身も楽しんでいる様子が伝わってくる。ただ、立ち上げの時には不安もあったという。

「B&Bの活動などを通して作家の方々とはお付き合いがありましたが、実店舗での交流をメインにしていたので、それをオンラインで叶えていきますと伝えても、うまくイメージしてもらえるかと不安がありました。でも、最初に声をかけた方々は皆さん『いいね、やろう!』と快諾してくれて。とてもうれしかったです」

 特に印象に残っているのは、片岡義男さんとのやりとりだそう。『言葉の人生』というエッセイ集刊行の時に、片岡さんが撮り下ろした写真のポストカードを特典にした。製品化したポストカードは5枚(うち2枚は書き下ろしの掌編つき)だが、片岡さんからは100枚近いポジフィルムが届き、木村さんに自由に選ばせてくれたという。

「片岡さんは『あなたのやろうとしていることは素晴らしい。本を読む前と、読んだ後と、それから本という物質から離れている時、それぞれの時間にその本を思えるようなものを君なら作れる』と言ってくれました。当時はコトゴトブックスの役割をはっきり言葉にできていなかったのですが、作家の方が意味を与えてくれたのは大きな励みになりましたね」

 作家だけでなく、利用者とのつながりも大切にしている。オンラインだからこそ購入者にはメールや手紙で丁寧に感謝を伝えており、そのやりとりの中で本の感想を受け取ることもあるという。

 「いただいた感想は、すべて作家の方にお伝えしています。実は一般的な刊行記念イベントの参加者はこれから本を読む人が多く、読んだ方から感想をもらう機会は少ないんです。そのことを知っていたので、感想は積極的に伝えたいと考えていました。読者の方も出版社に手紙を送るのはハードルが高くても、本を買ったお店にであれば伝えやすいのかもしれません。郵便ポストのように気軽に使ってくださるのがうれしいです」

 特に印象的だったのは、西加奈子さんの『夜が明ける』オンライン読書会だったという。西さんはバンクーバー在住で、時差などの関係からオンライン読書会には参加できなかったのだが、木村さんは読者同士が熱心に語り合う様子を録画し、西さんに届けた。すると、西さんから参加者一人一人に宛てた手紙が届いたという。

「読書会のアーカイブを見て、『あなたがこう読んでくれたあの場面は…』と一通一通にお返事を書いてくださっていました。その手紙が届いたのが、ちょうどクリスマスの2日前。参加者の方に送りながら、こんなにうれしいクリスマスプレゼントはない! と感激したできごとでした」

「こと」を掛け合わせる物語

 オンラインでの本と企画の販売に次ぐ、新たな構想も考えているという。その一つが出版業。「小規模だからこそできる、作家が純粋に作りたいと思ったものを作れる場所にしたい」と話す。一方、オフラインでの実店舗については「もう少し様子を見たい」という。

「何かと何かが掛け合わさって、思いもよらぬところまで届く、その感覚が好きで。本屋だけを構えたら、もしかしたら飽きてしまうかもしれません(笑)。まずはポップアップストアのようなかたちで、本と何かを掛け合わせて全国を飛び回る取り組みができないかと考えています。その中で、皆さんがコトゴトブックスの何を面白がってくれているのか見定めたいと思っています」

 本と何かを掛け合わせる。そのスタンスは店名にも表れている。そもそもコトゴトブックスという名前は、木村さんが店名を決めきれずにいた時、信頼を寄せるある人が提案してくれたものだ。

「『あなたは本にまつわる事事(ことごと)をやっているから』と言われました。たしかに、本には世の中のあらゆることが書かれているし、イベントも『こと』。ことごと、という響きも素敵だし、二つの『こと』を重ねて掛け合わせることで予期せぬところまで本が届いていく。そんなイメージにぴったりだと思いました」

 「こと」を掛け合わせる時に木村さんが大切にしていることをうかがうと、「物語」という答えが返ってきた。

「ものを作るんだったら、なぜこれに対してこれを掛け合わせたのか、自分が腑に落ちていない限りゴーは出さないように決めています。というより、『今回の私は全然首を縦に振らないな、なんだろう?』と考えた時、いつも『物語が足りないからだ』と気づくんです。

 なぜこの本にこの特典なのか。事細かく説明しなくても、人の想像力は本当に豊かだから、それぞれにそれぞれの物語を作っていってくれると思うんです。コトゴトブックスでは、本に添えた私の物語が予期せぬところにまで飛んでいくことを信じていきたいです」

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