『範馬刃牙』読者を唖然とさせた「エア味噌汁」は必然だった? 名シーンが生まれた背景を考察

『範馬刃牙』あの名シーンが生まれた理由を考察

消すことのできない思い

 だがあの瞬間、刃牙を守るために自らの眼前に立ちはだかり、立ち向かってきた江珠の姿を見て、勇次郎はあることを悟った。そう、江珠は母親になり、自分に向けていた愛情の全てが刃牙に一瞬で移ってしまったことを。母親としての愛情と本能に突き動かされる江珠の存在は、勇次郎にとってはもはやコントロールできない、自分の我儘を押し通すことができないものになってしまったのだ。

 このとき勇次郎が感じたのは息子である刃牙への嫉妬心であり、自分のアイデンティを揺るがす、自分の強さを否定する存在になってしまった江珠をどうやっても認めることができないという、高い自尊心ゆえの怒りであった。もはや江珠の存在を消さないことには、これらの感情を否定することもできないという状況に一瞬にして追い込まれた勇次郎があのような手段に出たのは、彼の唯我独尊的な行動理念からするともむしろ必然だと言えよう。勇次郎はあの瞬間負けていたのである、命を賭して息子を守ろうとする母親の愛に。

 そのことを決して認めたくない勇次郎だが、刃牙を、その中に残る江珠の面影を見ているとどうやっても消すことのできない思いがあったに違いない。

 だから刃牙から親子喧嘩だと言われた際にそれを素直に受け入れたし、刃牙が求める家族の団欒、親子としてのふれあいに興じたのも、本当に知られたくない江珠に対しての思いを隠すためだったのではないだろうか? 

 それに理屈ではなく感覚的に気づいていたからこそ刃牙は、あえて勇次郎に江珠の話を振ったのだろう。それが勇次郎の触れられたくない、怒りのトリガーとなる決定的なファクターだと気づいていたから。結果、刃牙の思惑通りに地上最大の親子喧嘩は始まり、そして刃牙が望んだ家族としての姿、もしかしたら江珠も望んでいたかもしれないその姿、刃牙とその奥底にある江珠の思いに負けて、刃牙の我儘を受け入れ、エア味噌汁を作った。そして、その味がしょっぱかったことを誤魔化すことすら許されなかった。

 そう考えるとあの結末はやはり必然であり、範馬一家3人の壮大なドラマのクライマックスに相応しい、(それが一般的に考えてどれほど歪んだものであっても)愛に満ちたエンディングであったと言えるのではないだろうか。



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