最上もが『HEARTSTOPPER』で感じた“愛の力”とは? 「信用できる人が1人でもいれば十分人生は楽しい」

最上もが『HEARTSTOPPER』語る

 イギリスで累計25万部を突破し、世界23カ国以上で翻訳されたベストセラーコミックス『HEARTSTOPPER ハートストッパー』。Netflixでも実写ドラマ化が決定しているが、なぜこの作品がこれほど注目を集めているのか。

 ここには多くの悩みと共に、その数だけの勇気と希望が描かれているからかもしれない。主人公は男子校に通うチャーリー。ゲイであることをカミングアウトしたことで辛い状況にも追い込まれたが、ありのままのチャーリーを愛する家族や、同じようにセクシュアリティに悩む友人たちの存在に救われてきた。

 そしてチャーリーはラグビー部のニックとの新たな恋を知り、より自分らしさや自分にとっての幸せを獲得していく。その姿に「誰もが好きな人を“好き“と言える世の中になったらいいな」と素直に思える。

 では、「恋愛対象として女の子も男の子も好きになってたけど、それを疑問に思ったことも、悪いと思ったこともないし、性別云々とは別に“その人だから”好きになるだけ。」とTwitterでつぶやいたことでも注目を集めた、最上もがならこの作品をどう読むのだろうか。自身の経験と照らし合わせて共感したシーンとは。そして、この作品を通じて広がってほしい願いについて聞くことができた。(佐藤結衣)

試し読みはこちら!

(※インタビューには3巻までのネタバレが含まれます)

チャーリーの勇気あるセリフに「そう! これなんだよ!」って

――『HEARTSTOPPER』読んでみていかがでしたか?

最上もが(以下、最上):めちゃくちゃおもしろかったです。私はBL(ボーイズ・ラブ)漫画と呼ばれる作品も結構読むのですが正直、内容としてはかなり定番に近いと思ったんです。もともとストレートだった子が実は自分がバイセクシャルだと気づいて……というシチュエーションや、差別問題や、カミングアウトの時の葛藤というのは、日本でもかなり扱われて。でも、この作品の惹かれたところは、それらがシリアスなだけでなく、時にコミカルに描かれているということですね。実はこの本を読んでいるときに母が来たんですけど、母もすごくハマっていました(笑)。

――まさかの母娘でハマる作品とは(笑)。

最上:母は「コマが大きくて読みやすい」って言ってました(笑)。今回、初めて海外のこういうコミックスを読んだんですけど、やっぱり人の本質は変わらないなっていうか、みんな同じことで悩むんだなっていう気付きもありましたね。キャラクターもよくて、個人的にも小柄なタイプの子と、体格が良くて頼りがいがある子の組み合わせがすごく好きなので、ニヤニヤして読んじゃいました。

――その他、本作で惹かれたポイントはありましたか?

最上:ゲイ同士のラブストーリーももちろんいいんですけど、最初から恋愛目線で見ていたわけではなくて、自然と好きになっていって「なんでこんなに惹かれるんだろう」って葛藤していくところが、私は好きですね。自分はストレートだって当たり前に思っていたのに、そこが揺らぐくらい誰かのことを好きになっていくっていうところが。

――なるほど。最上さんが読んでいて好きなキャラクターはいましたか?

最上:うーん、みんな好きですけど……チャーリーのお姉ちゃんが好きですね。チャーリーの家族はみんな本当にいい人なんですよね。それがすごく素敵だなって思って。あ、でも苦手だなと思う人もちょこちょこいましたね。

――どのキャラクターですか?

最上:最初はやっぱりベンですよね。ベンみたいに遊びで人に手を出しているような人は好きじゃないので。あと、ハリーはウザいですね(笑)。一応ハリーが自分が間違ってたって気づく流れがあるのはいいなって思ったんですけど。でも、そのときチャーリーが「一回の“ごめん”で過去が精算できると思ったら大間違いだよ」って言うのが印象に残っていて。“そのとおり!”って思ったんですよね。もちろん間違いを自覚して謝ることは大切なことですけど、謝ったからって今までのことがなかったことにはならないんだよって。謝罪はちょっとした一歩なだけで、これからハリーがすごく頑張らないとみんなには認めてもらえないし、チャーリーとは仲良くできないんだって。そうチャーリーが勇気を出して言ってくれたシーンがすごく好きで、よかったなって思いましたね。

――そこで和解してキレイにまとまる漫画もありそうですが。

最上:そう、だからすごいリアリティがあるなと思いました。というのも、私が最近似たようなことを感じたのが大きくて。去年、妊娠したときに、結婚する予定はないことも発表したんです。でも、なぜそうなったのか、という経緯や考えは言わなかったんですね。そうしたら、ネットニュースになったとき、めちゃくちゃ叩かれたんですよ。もともと私がバイセクシャルだと言ってたこともあり「子どもだけ欲しくて誰か捕まえて妊娠して、その相手を捨てたんじゃないか?」とか「愛人の子どもじゃないかとか?」とか、かなりひどい誹謗中傷が寄せられて。本当の理由は、結婚を前提としてお付き合いしていた人にフラれたからなんです。やっぱり失恋っていうのがすごく辛かったので、妊娠発表のときには何も言えなくて。やっと娘が5カ月になって、自分の中でも気持ちの整理がついたのではっきり「こういう理由でした」って言ったんですよ。そしたらまたそれもネットニュースになって。今度は「最初からそう言えば良かったのに。曖昧なことを言ってるからメディアから切り取られて、誤解する人がいるのよ。あのときはごめんなさいね」みたいなコメントが。

――そ、それは謝っているコメントなんでしょうか?

最上:それで「自分は謝った」って多分、満足しているんですよね。罪悪感をなくしたいから「ごめんなさい」とは言っていると思うんですけど、でもあなたがしたことは、1ミリもなくなってないよって。そのときのもやもやとチャーリーの言ってくれたセリフがすごく重なりました。「そう! これなんだよ!」って。「ごめんなさいね」って書くぐらいだったら、最初からやるなよって。自分が“普通”と思っているものと違う価値観を持つ人や、自分にはできない選択をしている人に対して、何か言ってやりたい気持ちになるのかもしれませんが、そこで一度放った言葉はけしてなかったことにはならないんだって、改めて考えてもらえるシーンなんじゃないかなって思いました。

カミングアウトをする理由は、きっと勘違いされることが一番つらいから

――最上さんは多感な青春時代、セクシャリティについて傷つくことはありませんでしたか?

最上:本当に一切なかったんです。私は幼稚園の頃から中学生くらいまで、モダンバレエを習ってたんですけど、まわりは女性ばかりの環境で。それで年の離れた先輩の発表を見たとき、素直に「キレイでかっこいいな」ってずっと憧れていたんです。それから学生時代になっても男女関係なく「あの人かっこいいな」って憧れを持って。女性に憧れているからって変だなとか、異性を好きにならなきゃいけないのにとも思わなかったですね。

――周囲のお友だちからの反応に傷ついたこともなく?

最上:そうですね。学生時代のときからゲイの友だちもいましたし、差別的な発言をする人も全くいなくて。1回、高校生のときに友だちから「レズなんでしょ?」って聞かれて「え、今は男の子が好きだよ」って答えたこともありましたね(笑)。その子も「あ、そうなの?」ってフラットで。そのときクラスにかわいい女の子がいて、私その子の写真撮るのが趣味みたいな時期があったんです。で、携帯電話の待受画像をその子にしてたら、好きなんだと思われたみたいですね。それは好きだけど、恋愛感情とはまた別だよと思って。

――チャーリーみたいな辛い状況にならなくて本当によかったです。

最上:そうですね。そういう意味ではすごく人間関係に恵まれたなって思います。

――この漫画にはニックが親にカミングアウトする葛藤も描かれていますが、ご家族に対して恋愛の話はよくされていましたか?

最上:あんまり覚えてないですけど、恥ずかしくてあんまりしていなかったと思います。私がバイセクシャルだっていうのは、多分私のTwitterとかブログで知ったと思います。

――結構大人になってからだったんですね。その後、何か言われたりとかはなかったですか?

最上:一切なかったです。逆に母からずっと「あなたは結婚に不向き」って言われていましたから(笑)。たぶん、母は、娘が世間一般的な“普通”の子とはちょっと感覚がずれているっていうのは早くから気づいていたんだと思います。友だち付き合いが下手とか、そういうのも知ってくれていたので。でも、「あなたは多分、人とは共に過ごせない」なんて宣言はちょっとショックでしたけど!

――そんなお母様なら一緒にこの漫画にハマれたのも納得です。

最上:そうなんですよ。ただ、母は同性同士のラブストーリーを“非現実が味わえるフィクション”として楽しんでいますね。私は、そういう人もいていいと思うんです。全員にこういうセクシャリティを理解してほしいというつもりもないですし。実際に、私が好きなBL作品をSNSで「面白かった」と言うと、「やめてくれ」っていう反応が一定数あったんです。そういう、好きな人がひっそりと楽しむ聖域という認識もあって。理解が広まるのは素晴らしいことだけれど、それがメジャーになってしまうのもまた寂しいというか。例えるなら、推しのアイドルがメジャーにいってほしくないみたいな。

――深夜番組は深夜に楽しみたい、みたいな。

最上:そうですそうです。ゴールデンタイムにはいかないでくれ、みたいな。それはつまり、マジョリティ側の取り扱い次第ではめちゃくちゃにされてしまう怖さがあるからではないかなと。最近はドラマでも『おっさんずラブ』(テレビ朝日系/2016年)とかもすごく流行りましたし、この数年でマスメディアの取り扱いもすごく丁寧になってきていると思うんです。とはいえ、やっぱり作品として楽しむ層と、自分の性的指向について悩んでいる人っていうのも、全く異なる層なので。そのへんは、難しいところだなと思って見ています。

――マスメディアの影響のほかに、LGBTQ+への理解が進んでいるなと感じる場面はありますか?

最上:やっぱりSNSが身近になったことで、個人で抱えていた悩みがオープンになってきたところはあるなと思いますね。誰にも相談することもできなかった時代から、「ぼくもそうだよ」って仲間がすぐに見つかる時代になったと思います。男の子がメイクしても、女の子が女の子を好きになっても、「普通じゃないなんて言わなくていいよ」って肯定してくれる人を見つけやすくなった。

――そうですね。一方で、「理解してあげなきゃ」みたいな流れにも少し違和感を覚えるのですが。

最上:そうですね。よく「身近な人で性的マイノリティがいたらどんな対応をしたらいいですか?」という質問もいただくんですけど、多分何も変えなくていいと思うんです。というのも、「この性自認の人にはこういう対応を」「この性指向の人には……」みたいにジャンルや枠組みを作れるものじゃないと思うんです。きっとカミングアウトするということは、態度を変えてほしくないから言うんじゃないかなって。私もそうなんですけど、勘違いされることが一番つらいんです。だから、予めこういう人間だと知っていてほしい、変な思い込みや誤解はしないでほしいと願ってのことじゃないかなって。それで無理だと思うなら避けてくれて構わないし、「そうなんだね」って受け入れられるなら友だちのままでいられるし。だから、特別こう接してあげなきゃいけないみたいなルールはないと思っています。

――決めつけや誤解なく人と人と付き合うという意味では、何も変わらないですね。

最上:そうだと思います。先ほど学生時代のときにゲイの友だちがいたと言いましたけど、その子は一部の友だちにしかカミングアウトしていなくて。他の同級生にはストレートを演じていたんです。私はたまたま何の差別も受けずに過ごしてきたけれど、環境によってはいじめとか攻撃とかを受けていた可能性もあったんだろうなって思います。だから、一言に性的マイノリティというとひとつのジャンルにくくられて考えられがちですが、1人ひとりの話としてしっかり聞くことが何よりも大切だなと思っています。

関連記事

インタビュー

もっとみる

Pick Up!

「著者」の最新記事

もっとみる

blueprint book store

もっとみる