カツセマサヒコが考える、“いま”小説を書く意味 「先輩の作家の方々に『あいつ、イヤだな』と思われてるかも」

カツセマサヒコが、“いま”小説を書く意味

音楽に救われてきた人間だと思う


――作中に登場するロックバンド、ブルーガールの描き方も、この小説の核の一つだと思います。SNSでバズったことで人気を得て、紆余曲折ありながらも、フェスでメインステージを張るバンドになっていく過程にすごくリアリティがあって。

カツセ:前々からバンドものを書きたいと思っていたんです。僕も大学の時にちょっとバンドをやってたことがあって、それがすごく楽しくて。今作でバンドが成長する姿を物語の時間軸に沿って書けたのは嬉しかったです。代表曲ができた後、それを超える曲を作る話も書きたかったし、超えられなかった話も書きたくて。それは自分自身と重ねているところもありますね。もし今回の小説が売れなかったら、「おまえ、ダメだったじゃん」と言われるだろけど、それはそれでおもしろいだろうし。

――すごい覚悟ですね……。

カツセ:いえいえ。あとは、バンドの話を入れることで、普段、音楽しか聴かないような人たちも、小説に親近感を持ってもらえるかもという意図もありましたね。

――「どうしたら読んでもらえるか」ということも意識しているんですね。

カツセ:売ることは大事だと考えています。前作も「どうしたらヒットするか」を考えながら書いたし、それは今回も同じで。どうしたら手に取ってもらえるか、飽きずに最後まで読んでもらえるか、人に勧めたくなるかを意識することは、すごく大事だと思います。もしかしたら先輩の作家の方々に「あいつ、イヤだな」と思われてるかもしれないけど(笑)。

――(笑)。手に取ってもらわないと、始まらないですから。

カツセ:そうだと信じたいです(笑)。あと、きっとindigoのバイオグラフィーに「アルバム『夜行秘密』のコラボ小説を発売」と書かれるじゃないですか。バンドの歴史に残ることでもあるので、それに恥じない小説にしたいと強く思っていて。川谷さんには「いろいろ考えさせられたし、いろんな感情が生れました」と言ってもらえて、赤点ではなかったのかなと。メンバーの皆さんの感想はまだ聞いていないので、戦々恐々としていますが(笑)。

――大丈夫だと思います(笑)。カツセさんはTwitterでも音楽の話題を発信してるし、音楽から刺激を受けることも多そうですね。

カツセ:はい。どちらかというと、音楽に救われてきた人間だと思うので。最初に好きになったのは、小6のときに聴いた「終わりなき旅」(Mr.Children)なんですよ。そこからミスチルが好きになって、メジャーの音楽を聴くようになって。大学に入ってバンドをはじめてから、少しずつライブハウスに足を運ぶようになって、インディーズのバンドのエネルギーにすごく刺激を受けて。ヒットチャートだけを見てると、下北沢のライブハウスの熱量や衝撃はわからないし、そこから得られるものはすごく大きいです。演劇にも似たような感覚を持ってるんですが、ライブや舞台を見ることで、自分のなかで物語が浮かぶことも多いので。

“翼を広げて、明日へ”だけではダメ

――小説『夜行秘密には、様々なキャラクターが登場しますが、思い通りの人生を進む人はほとんどいなくて。安易なハッピーエンドにしないのは、カツセさんの作家性ですよね。

カツセ:相変わらず報われないですよね (笑)。そういうリアリティは、確かに根底にあるかもしれない。実際の社会では、そう簡単にハッピーになれないと思うし、小説を読んでいても、苦労していた主人公が最後に報われると、「裏切られた!」って思っちゃうんですよ。『明け方の若者たち』を出した後、いろいろな方とお会いする機会があったんですが、華やかに活動されているように見える人でも、決して順調ではなかったりするんです。メディアに出ていないところで苦労されている方が多いし、そこは自分も嘘をつきたくなくて。自分の作品では、登場人物たちの喪失や後悔に寄り添いたいし、それは今回の小説でも同じでした。indigoの『夜行秘密』を聴いていても、どう考えてもハッピーエンドにはならないだろうなと思ったし……(笑)。

――「現実があまりにもきついから、せめてフィクションの世界では希望を持ってほしい」という考え方もありますけどね。

カツセ:あ、なるほど。僕はないなあ(笑)。ハッピーエンドだからといって気持ちがアガるとは限らないし、むしろ上手くいかなかったこと、失敗や喪失に寄り添うことで生きやすくなるんじゃないかなと。90年代のJ-POPって、“暗闇から手を伸ばす”とか“翼を広げて、明日へ”みたいな歌詞が多いじゃないですか。僕自身もそういう音楽を聴いて育ちましたけど、今はそれだけではダメなんじゃないかなと。今、たくさんの人に聴かれている曲って、喪失や悲しみを歌っているものが多いし、僕もそこを描きたいんですよね。

2作目への背中を押してくれた尾崎世界観


――indigo la Endの音楽にインスパイアされることで、カツセさん自身も新しい表現に辿り着けた手ごたえがあるのでは?

カツセ:そうですね。まだアルバムを聴いてない方は、本から入ってもらって、その後に音源に触れてもらったほうがいいのかな。既にアルバムを聴いていて、愛している方がこの小説を読んだら、「ちょっと違う」と感じるかもしれないです。それは別のジャンル、別の世界を生み出そうとした結果だと思うし、どんな感想も真摯に受け止めようと思っています。僕自身のことで言えば、小説本来の、想像力で物語を立ち上げることの第一歩を踏み出せたと思っています。『明け方の若者たち』は、自分が知っている街や人を頭に浮べながら、そのなかで物語を動かしていったんですが、今回はモチーフになる街はあるものの、ほとんど自分の想像で生み出した物語なので。課題はあるけど、次はもっと飛躍できるだろうし、いろんな物語を作ることが出来るはずだと思っています。

――小説という表現には、まだまだ可能性があると。

カツセ:僕自身はそう感じています。業界の未来、文芸の未来みたいなことは微塵もわからないですけど、単純に書いていておもしろいし、小説家としてどこまで行けるのかも楽しみなので。1作目を出した直後は、「2度と書かないかもしれないな」と思っていたんです、じつは。

――え、そうなんですか?

カツセ:はい。でも、尾崎世界観さんと話をさせてもらったときに、「フォロワーが多いからって新人賞も取らずにデビューして、そのままなんとなくメディアに出て、いい暮らしをしながら生きていくって、ダサいでしょ」と言われて。「何度も新人賞に挑戦して、真摯に戦っている人たちがいるんだから、ポッと出てきて、やり逃げみたいなことをするのは良くない。どうやっても偽物なんだけど、本物に近づく努力をしていこうよ」と。そのときに「よし、がんばろう」と思えたし、ただヒットするだけじゃなく、物語として価値あるものを書いていこうと背中を押してもらえたんですよね。今は「もっと書きたい」と感じているし、せめて批評される場に立ちたいと強く思っています。こうした欲が出てきたのはいいことだなとも思います。

■書誌情報

『夜行秘密』
著者:カツセマサヒコ
カバーイラスト:与
カバーデザイン:岡本歌織(next door design)
企画:AOI Pro.
出版社:双葉社
発売日:2021年7月2日(※予定)
予定価:1,540円(本体1,400円)
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