“ヤクザ”主人公の漫画、描かれ方に変化アリ? 『極主夫道』『珈琲いかがでしょう』が人気のワケ
お次は、べにがしらの『美少女同人作家と若頭』である。こちらは完全なギャグ漫画だ。女子大学生で同人作家の内田花(ペンネームは、バナナウンコパクパク)。SNSの言葉に踊らされ、サークル初参加にも関わらず、同人誌を1000部刷ってしまう。ブースで落ち込む花だが、その前に現れたのがプリチィ♡ヘッドこと、同塵組の若頭・示頼厳十郎だ。強面ヤクザの示頼は花の同人誌を気に入り、200部買って帰る。これを機に花は、バナナウンコパクパク先生と示頼に崇められるようになり、なにかと面倒な事態に巻き込まれるのだった。
示頼だけでなく、同塵組の組長や、ライバルの虹元組の若頭・稲川烈蔵もオタクで、バナナウンコパクパク先生を気に入っている。銃撃戦を当たり前のようにするヤクザたちの、オタクっぷりが強烈で笑える。そんな彼らに祭り上げられ、右往左往する花の姿が愉快なのだ。
最後は、コダの『漫画家とヤクザ』にしよう。保証人になった知人が逃げ、数100万円の借金を背負った漫画家の木嶋累。借金の取り立てにきた、ヤクザの吾妻啓吾に、なんだかんだあって抱かれるようになる。恋愛に興味がなく、どこかズレてる累。少年時代のネグレクトから、愛情が分からない啓吾。体の関係から始まったふたりは、しだいに心を近づけていく。
途中から啓吾と異母弟を巡る、組の跡目争いが起きるが、それは物語のスパイスだ。あくまでメインは、累と啓吾の恋愛である。強引な俺様男でありながら、愛が分からず、心に脆い部分を抱えている。啓吾はアンバランスな人間であり、必然的に社会からはみ出さざるを得ない。だからこそ彼はヤクザなのだろう。そんな啓吾と、恋愛オンチの類の変化が、本作の読みどころである。
さて、このように作品を並べて思ったが、漫画におけるヤクザの扱いも、ずいぶん変わったものだ。ヤクザがダーティなヒーローとして活躍する話がないわけではないが、昔に比べると減っているように感じられる。それは、社会のヤクザに対する認識が変化したからだろう。任侠道など、しょせんはフィクション。多くの人はヤクザを、日常の延長にいる恐いけど、いざというとき頼りになる人ではなく、反社会的な集団の一員として見るようになったのである。
ただし、ヤクザのイメージは根強く残っている。そのイメージを利用することで、ヤクザは新たなコンテンツとしての地位を獲得した。主夫・移動珈琲ショップの経営者・同人誌好きのオタク。ヤクザや元ヤクザを自由自在に弄り、ギャグから恋愛まで、幅広いジャンルに投入することができるようになったのである。だから今後、ヤクザや元ヤクザを使って、どんなとんでもない物語が出てくるのか、楽しみでならないのだ。
■細谷正充
1963年、埼玉県生まれ。文芸評論家。歴史時代小説、ミステリーなどのエンターテインメント作品を中心に、書評、解説を数多く執筆している。アンソロジーの編者としての著書も多い。主な編著書に『歴史・時代小説の快楽 読まなきゃ死ねない全100作ガイド』『井伊の赤備え 徳川四天王筆頭史譚』『名刀伝』『名刀伝(二)』『名城伝』などがある。