『ONE PIECE』ルフィの器の大きさは善悪で測れないーーホールケーキアイランド編の名シーンを分析
料理が好きで戦いが苦手だったサンジは「ヴィンスモーク家の恥」と呼ばれ、父親に才能がないと見限られた後は、牢屋に閉じ込められていた。唯一、話の通じる姉のレイジュの協力で国から逃げ出したサンジはその後、海洋レストラン・パラティエのオーナー兼料理長のゼフに拾われ、やがてルフィたちと出会う。
女好きで軽薄なところがあるサンジは、麦わらの一味の他の仲間たちと比べると強くて余裕のあるクールな男だと思っていた。しかし彼もまた国や家族のしがらみに囚われた哀しい生い立ちを抱えており、麦わらの一味に入ったことが大きな救いとなっていたのだ。
だからこそサンジは助けにきたルフィを守るために遠ざけようと突き離す。本心を隠して冷たく振る舞うサンジとそんなサンジに対し、正面から向き合おうとするルフィという対比は、かつてナミを筆頭とする他のキャラクターとの間にも見られたやりとりである。
仲間のために政略結婚を受け入れたサンジにとって唯一の救いだったのが、結婚相手となるプリンが健気で優しい少女だったことだが、そんなプリンの正体が明らかになる場面は、尾田栄一郎の容赦のなさに戦慄した。しかし、絶望のどん底に突き落とされたからこそ浮かび上がる希望というものもある。
姉のレイジュに死んだ母親の真意を知らされたサンジは、紆余曲折の末、ルフィと再会。自分の状況を伝え、いっしょに逃げることはできないと言うサンジを、ルフィは殴り飛ばし「本心を」「言えよ!!!」と言う。仲間たちの元に帰りたいと泣きながら言うサンジ。その答えを聞いたルフィは笑顔で「おれ達がいる!!!」「式をブッ壊そう!!!」と言う。
もはや『ONE PIECE』の様式美とすら言える定番の展開だが、わかっていてもウルッときてしまう名場面だ。歌舞伎の「大向う」のように「よっ! 待ってました!」と心の中で叫んでしまった。
その後、ルフィは海侠のジンベエと再会し、彼の提案でカポネ・“ギャング”・ベッジと同盟を組むことになる。ベッジはルフィと同じ「最悪の世代」と呼ばれる海賊の1人。冨や名声には興味がなく海賊団の首と金品だけを狙う海賊で、ボスの首をとった後に起きる内輪もめや派閥抗争を見て楽しむ悪趣味な男だ。現在はビッグ・マムの傘下に入り、護衛の全権を任されていたが、実はビッグ・マムの首を狙っていた。冷酷で残忍なベッジの振る舞いにルフィは腹を立てながらも、ベッジと同盟を組むことに関しては、あっさり承諾する。
『ONE PIECE』は、ルフィたちが海賊なのに、金品の強奪をしたり、人を殺めたりしないため、品行方正な作品だと思われることが多い。しかしルフィは単純な正義の味方ではない。許せない振る舞いに対しては怒りを見せて、戦うが、インペルダウン編ではかつて戦った敵とも共闘しており、臨機応変に対応している。ベッジと同盟を組むことを厭わないルフィの姿には善悪で測れない器の大きさが現れている。
■成馬零一
76年生まれ。ライター、ドラマ評論家。ドラマ評を中心に雑誌、ウェブ等で幅広く執筆。単著に『TVドラマは、ジャニーズものだけ見ろ!』(宝島社新書)、『キャラクタードラマの誕生:テレビドラマを更新する6人の脚本家』(河出書房新社)がある。
■書籍情報
『ONE PIECE』既刊98巻
著者:尾田栄一郎
出版社:株式会社 集英社
https://one-piece.com/