湊かなえが語る、若者に伝えたいこと 「好きなものを職業にできなくても、それは挫折じゃない」

湊かなえが語る、若者に伝えたいこと

世の中には見たくないものがたくさんある


――これまでの湊さんの作品でも、ちょっとした思い込みや軽率な行動で起きてしまったとりかえしのつかない悲劇が描かれていましたが、今作では事件後に、起きたことはなかったことにはならないけれど、軌道修正はできるんだということが描かれるのもいいなと思いました。

湊:たとえばさっき言った、短期的なスパンでの成功って、逆にはやいうちに終わりを迎えることも多いと思うんですよ。「やりきったから、もういいや」って。でも、とりかえしのつかない失敗によって、自分を見つめなおしたからこそ改めて挑むことができて、太く長く続けられるようになることっていうのも、あるんじゃないかなと思っていて。だからといって挫折すればいいってわけじゃないですけど、躓いたからこそのチャンスっていうのも書いてみたかった。それは、世の中には思うように結果を出せない人のほうが多いから、というのに加え、コロナ禍で連載していたことによって、思いもよらない形で何かを諦めなきゃいけなくなった人たちが存在するのを感じたから、というのもあると思います。

――それを伝えるのが物語なんだな、というのを強く感じる小説でした。たとえば苦しいときに、「ピンチはチャンスだよ!」みたいなことを直接言われたって素直には聞けないけれど、圭祐たちが試行錯誤している姿を通じて励まされ、自分も一歩踏み出そうと思える。『ブロードキャスト』で、いじめを受けていた咲良のために、正也がラジオドラマをつくることで彼女を救ったように。

湊:世の中には見たくないものがたくさんあるんですよね。自分のことはもちろん、自分とは直接関係はないけれど生活の延長上で起きる何か――たとえば咲良のいじめとか。見たからには何かしなきゃいけないと思うけれど、そう簡単には何もできないもどかしさにもしんどくなる。だったら見て見ぬふりをしたほうがマシだ、ってことにもなりかねないけど、物語というクッションを一つ置くことで「自分だったらどうするだろう」と冷静に考えることができるし「ああ、こういう道もあるんだ」とヒントももらえる。だからこそ、世の中の人が直視することを避けているものにこそ、物語は必要なんだと思います。

――確かに……。「伝える」というテーマ、つまりは人と人とがつながるということも、意外とみんな考えているようで、直視を避けているものかもしれませんね。

湊:人って、自分に関係ないことに対しては堂々と正論を言えるじゃないですか。だけど自分や自分にとって大切な人が関わる何かが起きたとき、理屈ではわかっていてもそのとおりにはなかなかできないもの。だからこそ、そういうときに本質が出ると思っていて。今回、良太の喫煙疑惑という、圭祐にとっても陸上部にとっても大きな事件が起きたとき、それぞれがいったいどんな行動に出るのか。出るべきなのか。そして、報道する立場の放送部はどんなありようをみせるのか。ミステリー仕立ての物語として楽しみながら、我がことのように置き換えて、ハラハラしてもらえたらなと思っています。


――放送部が駆使するドローンも、謎解きのカギですね。

湊:ふふふ。使えないくせに新しいものを入れたがるんです、私(笑)。『白ゆき姫殺人事件』のときにTwitterページをつくってみたりしたようにね。

――湊さんご自身が駆使されているわけじゃないんですね(笑)。

湊:とても、とても(笑)。でも、ある登山番組に出演させてもらったとき、ちょっとだけ触らされてもらって、意外と操作が簡単なんだなっていうのはわかったんです。一台壊れたからってスタッフさんが「山降りて買ってきます!」と言い出したのにもびっくりした。こんな地方の家電量販店にもあたりまえに売ってるなんて、特別な機械だと思っていたけどそうじゃなかったんだなあ、って。私がそう感じるくらいだからきっと、高校生なんて、手に入れることさえできたらどんどん使いこなすでしょう? だから圭祐たちにも使わせてあげようと思ったんですが、一方で、近所の人が休日に飛ばしてたら怖いなあとも。人が撮影しているものなら、対象も選別されるし、配慮もされる。でもドローンは、ひとりでお弁当を食べている姿も、告白してフラれている場面も、全部無作為に撮ってしまう。その怖さをとりいれるなら、この小説だろうな、と思いました。

――さまざまなテーマが盛り込まれていて、青春小説としてもミステリーとしても読みごたえたっぷりでした。次作では、ついに最上級生となった圭祐たちに出会えるんでしょうか。

湊:書けるかどうかは読んでくださった方のお声次第ですが(笑)、『ブロードキャスト』を書いたことによってNコン(NHK杯全国高校放送コンテスト)の決勝でゲスト審査員をさせていただいて、全部門の作品をNHKホールで見せていただけたので、あの一日は書いてみたい。

――それは、読みたい……!

湊:圭祐も、今度は朗読かアナウンスかに挑戦するでしょうし……。まだまだ半球の上でぐらついている彼が、進路についてくだす結論についても書きたいなあと思っています。その未来につながる『ドキュメント』を、どうぞよろしくお願いいたします。

■書籍情報
『ドキュメント』
湊かなえ 著
定価:本体1,500円+税
出版社:KADOKAWA
公式サイト

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