“働かない方法”指南のビジネス書、ヒットの理由は? キャリア観の変化を考察
では“働かない方法”の指南書は、読者に何を伝えようとしているのか?
それは、他人から押し付けられた仕事はもちろん、本人の意に沿わない、好きになれない、やる気がでない、もしくは苦手意識が拭えない仕事や(対人関係をも含めた)働き方をわざわざ選択しない方法。もしくは現にそのような仕事や働き方を強いられているのだとしたら、その状況に甘んじることなく理想を探求するための方法を指南しているのではないだろうか。
ここでキャリアという言葉に触れたが、キャリアとは単なる職務経歴に止まるものではない。キャリアとは、一個人の生きざまを表現する言葉でもあるのだ。
確かに、個人の生きざまなどは、当人の自由意思により選びとるものであり、他人がその是非を軽率に論ずるような代物ではない。
しかしながら、自分の生きざまを外に向けて発信したり、他者から引き出したりすることはできる。他の誰もが同じ自由をもっているように。
そして、ここで挙げた2人の著者が、キャリアの中心に据えている価値観が「自分の基準で心地よく生きる」ということなのだ。
ただ、キャリアというものは単にカネを稼いで生きていくための手段、サバイバルの手段としてのみ捉えている個人にとって、この価値観を受入れることはなかなか難しい。確かに、人はサバイバルだけのために生きているのではないが、サバイバルできなかったら自分らしく生きていくこともできないからだ。
そして、多くの職業人が、キャリア=サバイバルという価値観の一側面のみを強く刷り込まれてきた。それは、これらの著書に対するカスタマーレビューを眺めてみれば、よく分かる(特に評価の低いレビューについて)。
いずれにせよ、紫乃ママが想定したような読者層(筆者も含めた40代、50代)には特に、これまで刷り込まれてきたキャリア観を見つめ直すための、いわばリハビリが必要なのである。これについて紫乃ママは意識的に3つの場をもうけて人生のバランスをとれと言っている。では3つの場とは具体的にどんな場なのだろうか?
人生のバランスをとる3つの場
①すぐにお金になる場…勤務先など今の会社
②興味があることをやる場…ボランティアや起業してる人の手伝い
③自分がやり続けたいことをやる場…趣味のコミュニティーなど
この3つの場とキャリアを重ね合わせて考えてみると、②と③はすぐにはお金にならないかもしれないが、いつかお金になるかもしれない、もしくはそこにある人間関係が(打算は抜きにしても)他の場①②に役立つかもしれない。
さて、ここでやっと長すぎた前置きについて、言い訳する機会を得た。
筆者は、このコロナ禍で図らずも①以外の場を見つけたのだ。それは家事の存在である。
家事が②なのか、それとも③なのか、それは自分でも判然としないが、仮にコロナが沈静化したとしても、筆者は引き続き家事を楽しむ経営コンサルタントであり、講師であり、作家でありたい。
最後に、日本人は諸外国民に比べて自己肯定感が極端に低い(自分には何もないという思い込み)。そして、我々世代は特に「働くとは斯くあるべし」「ジェンダーはこうあるべし」というような強い刷り込み(窮屈な『枠』に自らハマってしまっている)を受けてきた。
その強固な価値観を「自分の基準で心地よく生きる」ために再構築していくために、我々は何より広く見聞し、交流し、行動するよりほかに道を切り開く術はない。
そしてその過程は、自分なりの心地よさをさぐる楽しいものであるとよい。
■新井健一
経営人事コンサルタント、アジア・ひと・しくみ研究所代表取締役。1972年神奈川県生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業後、大手重機械メーカー、アーサーアンダーセン(現KPMG)、同ビジネススクール責任者を経て独立。経営人事コンサルティングから次世代リーダー養成まで幅広くコンサルティング及びセミナーを展開。著書に『いらない課長、すごい課長』『いらない部下、かわいい部下』『働かない技術』『課長の哲学』等。