『鬼滅の刃』『呪術廻戦』『チェンソーマン』の共通点とは? それぞれの第1話から考察

『鬼滅の刃』『呪術廻戦』『チェンソーマン』の共通点とは? それぞれの第1話から考察

濃厚な死のイメージ

 アクションやバトルものが人気を呼ぶ少年漫画誌でも死の描写はタブー視されがちだが、この三作ではメインのキャラクターから群衆に至るまで容赦なくその死が描かれていく。何より三作とも物語の端緒となるのが、主人公にとってもっとも身近な存在である肉親・家族の死であることは特筆すべき点だろう。

 死についての描写も、最初に描かれた『鬼滅の刃』では炭治郎の留守中に家族の惨殺が行なわれ、続く『呪術廻戦』では虎杖はその臨終の場に居合わせ、『チェンソーマン』では回想シーンでデンジが実父の死を目撃した後、疑似家族的な存在であるポチタの死を間近で体験するなど、死への距離感が徐々に近づいている。敵対する勢力も人食い鬼、呪い、悪魔と死を象徴する存在だが、『鬼滅の刃』『呪術廻戦』『チェンソーマン』と下るに連れて、作中でそれらの市井での認知度も高まっているように思う。

死者との約束

 喪失した家族から残されたものを守ることが、主人公たちの行動原理になるという点も三作に共通する特徴だ。『鬼滅の刃』の炭治郎は、生き残った禰豆子を守るため、彼女を鬼から人間に戻すために戦う。この行動原理は妹への愛情はもちろんのこと、義勇との戦いの後、夢のなかで母から告げられた「禰豆子を頼むわね」という言葉に基づいている。

 虎杖も祖父が最後に言い残した「オマエは強いから人を助けろ」「手の届く範囲でいい」を受け、呪いから人々を守ることに自分の生きる意味を見出し、デンジは第二話以降、自分の欲情に任せて行動しているようにも見えるが、その根底にはポチタが最後に残した「デンジの夢を私に見せてくれ」という願いがある。家族という自分の半身に近い存在を無くした喪失感と、死者との約束という重責を同時に背負って、彼らは戦い始めるのだ。

混然となる味方と敵、正義と悪

 主人公が守るもの、もしくは主人公自身が敵役の要素を含んでいるのも、共通する特徴のひとつ。『鬼滅の刃』の炭治郎が命を懸けて守る禰豆子は、後に所属する鬼殺隊が斬るべき鬼で、『呪術廻戦』の虎杖の体には祓うべき特級呪物の両面宿儺が宿っている。『チェンソーマン』に至っては、デビルハンターのデンジは狩る対象である悪魔“チェンソーの悪魔”であるポチタが一体化しており、話が進むに連れて、主人公たちは味方となる組織からも危険視される、異質な立場に置かれることになっていく。

 また『鬼滅の刃』の鬼や『呪術廻戦』の呪い、『チェンソーマン』の魔人などは人からなるもので、敵味方が代替可能な存在でもある。これらはあたかも味方と敵、正義と悪の対立といったシンプルな二元論で解決できたかつてのヒーローものの王道を、様々な価値観が混然となった複雑な現代の世界に対応させるためのアップデートのようにも感じる。

 少年漫画としては明らかに異端といえる共通点を持つ三作が、少年漫画界をけん引する『週刊少年ジャンプ』で、ほぼ同時期に連載され、人気を博しているのは興味深い事実。

 『鬼滅の刃』と『呪術廻戦』は連載開始時の担当編集者が同じ方というのも何か関係しているだろう。また、『週刊少年ジャンプ』は読者の声を重視することで知られており、これらの共通点は何らかの世相を反映した結果かもしれない。

『呪術廻戦』(1巻)

 新連載時のキャッチコピーが「滅法異端バトル」だった『鬼滅の刃』が、その後社会現象といえるヒットとなり、続く『呪術廻戦』『チェンソーマン』の躍進ぶりを見ると、異端が新たな王道を切り拓いているようにも感じる。

 『呪術廻戦』の著者である芥見下々は、同作で王道と向き合うことを目標としていると語っている。『週刊少年ジャンプ』誌上で、王道がどう変革されていくのか、いち漫画読者として楽しみでならない。

■倉田雅弘
フリーのライター兼編集者。web・紙媒体を問わず漫画・アニメ・映画関係の作品紹介や取材記事執筆と編集を中心に、活動している。Twitter(@KURATAMasahiro

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