『鬼滅の刃』ノベライズでも破格の部数を突破 10月期月間ベストセラー
集英社の小説展開に見るワンコンテンツ・マルチユース
『鬼滅の刃』以外でも、集英社はマンガ原作ないしマンガ原作映画の小説版をみらい文庫とjBOOKS、集英社オレンジ文庫で2種類ないし3種類刊行するという、いわゆるワンコンテンツ・マルチユース展開をしてきた。たとえば『ヒロイン失格』『ひるなかの流星』『かぐや様は告らせたい』などがそうだだ。
これらの原作マンガは基本的に中高生以上向けだが、映画では小学校高学年もターゲットの一番下の年齢層に入る。同じ映画の小説版が書き手を変えてみらい文庫、オレンジ文庫、jBOOKSから同時刊行されることもあるものの、それぞれ書店店頭での売場は異なり、読者層は食い合わない。
少女マンガ原作の実写映画の小説版では、人気俳優が表紙になっているが、これは2014年刊の『アオハライド 映画ノベライズ』の前後から確立されていったものだという。こういう手法はそんなに昔からあったわけではない。
これに先行する他社の試みとしては2012年刊の細田守『おおかみこどもの雨と雪』の小説が角川つばさ文庫と角川文庫で2種類刊行される、というものがある。ただKADOKAWAの場合、細田作品にしても2016年刊の新海誠『君の名は。』の小説版にしても、総ルビかどうか以外には本文を児童文庫と一般文庫で基本的に大きく分けてはいない。パッケージや流通(児童文庫と一般文庫では書店での棚の場所が違う)だけでなく、書き手自体を分けている集英社のほうがより徹底している。
さすがにライト文芸レーベルであるオレンジ文庫版は『鬼滅』の小説版は出なかったが、ファッション誌「Seventeen」の表紙は飾っている。このあたりの展開のさせ方はさすがに上手い。
『鬼滅の刃』は「国民的大ヒット」と言われるが、「国民」とひとことで言っても年齢・性別など属性も異なれば楽しみ方もそれぞれであり、そういう多様なニーズに応える展開ができる組織は強い。
それは『鬼滅』ほどのメガヒットではない作品であっても丁寧に需要を拾い、また、「同じ映画のノベライズでも2,3パターンあってもいいんじゃないか?」といった従来の常識から外れたチャレンジを(失敗も含めて)積み重ねてきたからこそだ。
いま『鬼滅』の小説出せばなんでも売れるーーわけではないのである。
■飯田一史
取材・調査・執筆業。出版社にてカルチャー誌、小説の編集者を経て独立。コンテンツビジネスや出版産業、ネット文化、最近は児童書市場や読書推進施策に関心がある。著作に『マンガ雑誌は死んだ。で、どうなるの? マンガアプリ以降のマンガビジネス大転換時代』『ウェブ小説の衝撃』など。出版業界紙「新文化」にて「子どもの本が売れる理由 知られざるFACT」(https://www.shinbunka.co.jp/rensai/kodomonohonlog.htm)、小説誌「小説すばる」にウェブ小説時評「書を捨てよ、ウェブへ出よう」連載中。グロービスMBA。