森見登美彦『四畳半タイムマシンブルース』が示す、エンタメ×文化の融合 8月期月間ベストセラー

森見登美彦作品はエンタメ×文化の融合

8月期月間ベストセラー【総合】ランキング(トーハン調べ)
1位 『少年と犬』馳星周 文藝春秋
2位 『あつまれ どうぶつの森 完全攻略本+超カタログ』ニンテンドードリーム編集部 編 徳間書店
3位 『あつまれ どうぶつの森 ザ・コンプリートガイド』KADOKAWA
4位 『鬼滅の刃 風の道しるべ』吾峠呼世晴、矢島綾 集英社
5位 『一人称単数』村上春樹 文藝春秋
6位 『ポケモン ガラルずかん』小学館
7位 『なぜ僕らは働くのか 君が幸せになるために考えてほしい大切なこと』池上彰 監修 学研プラス
8位 『夢をかなえるゾウ(4) ガネーシャと死神』水野敬也 文響社
9位 『日本製』三浦春馬 ワニブックス
10位 『「育ちがいい人」だけが知っていること』諏内えみ ダイヤモンド社
11位 『てれびげーむマガジン September 2020』KADOKAWA
12位 『ポケットモンスター ガラル図鑑』小学館
13位 『鬼滅の刃 しあわせの花』吾峠呼世晴、矢島綾 集英社
14位 『鬼滅の刃 片羽の蝶』吾峠呼世晴、矢島綾 集英社
15位 『気がつけば、終着駅』佐藤愛子 中央公論新社
16位 『ハイキュー!! ショーセツバン!!(12)』星希代子、古舘春一 集英社
17位 『100分de名著 ミヒャエル・エンデ『モモ』 2020年8月』河合俊雄 講師 NHK出版
18位 『おもしろい! 進化のふしぎ さらにざんねんないきもの事典』今泉忠明 監修 高橋書店
19位 『四畳半タイムマシンブルース』森見登美彦/上田誠 原案 KADOKAWA
20位 『syunkonカフェごはん(7)』山本ゆり 宝島社

 今年の夏も日本列島は容赦のない暑さに見舞われた。

 2020年8月ベストセラー時評で取り上げるのは、クーラー(エアコン)のリモコンが壊れて地獄の夏を味わう青年たちの物語ーー原案・上田誠、著・森見登美彦による『四畳半タイムマシンブルース』である。

『四畳半タイムマシンブルース』あらすじ

 本作では森見の『四畳半神話体系』の登場人物である明石さんや小津といった面々が再び登場し、ボンクラ映画制作に乗り出す。ところが撮影した映像を編集するにあたって確認していくと、どう考えても同じ人物がふたりいなくては不可能な画が撮れていることに気づく。果たしてそれは『ドラ○もん』に登場するものとよく似たタイムマシンによって時間移動してきた存在のしわざだった――。

 アニメ化もされた森見登美彦の『四畳半神話体系』と、実写映画化もされた劇団ヨーロッパ企画・上田誠による『サマータイムマシンブルース』の世界が融合したSF青春(?)小説である。

 両作のファンはもちろん、京都好きやダメ人間好き、うだつのあがらない学生ものが好きな人間にはたまらない作品になっている。

森見作品の魅力ーー文体とガワに注目されがちだが、骨組がしっかりエンタメ

 自意識過剰なダメ人間と、ある種の文化の香りには、相通ずるものがある――森見作品にはそれが濃厚にある。

 ただし、自意識過剰なダメ人間が主人公の作品といっても、こじらせすぎていたり、「俺は頭いいんだぞ」といったふうに過剰に防御的(または逆に攻撃的)になられたりすると、なかなかに読みづらい。あるいは主人公を陰キャに振りすぎてうじうじした話をくりひろげられても「わざわざお金を払ってまで、重たくてしんどい気持ちになりたくないんだよね」と思ってしまう。

 そこのところ、森見作品では主人公本人は自意識過剰で奥手な陰キャだと思っているふしがあるが、実際には変人たちが集まってわいわいバカな掛け合いをやってくれるのでまるで重くならない。おまけに小説でなければ味わえない文体芸の楽しみもある。バランスが絶妙だ。

 「鴨川」「古本市」「自主映画」「架空の沿線について妄想する鉄道サークル」といった“文化的”な記号の配置と饒舌な文体が注目されがちだが、実は森見作品はプロットが非常にしっかりしており、かつ、物語の展開が早い。

 主人公はどんな人間でいったい何をやる話なのかがわかるまでにだいたいどの作品も50ページもかからない。文体芸に溺れて話の歩みが遅くなったりしないどころか、むしろサクサク進んでいく。

 本作でも、へたな行動をしてタイムパラドックスを引き起こすと宇宙が消滅するのではと恐れる面々が、時間軸上のつじつまを合わせるために風呂に入るか入らないかをめぐって喧々諤々の議論を戦わすなどといった、笑いあり、ハラハラドキドキあり、さらには明石さんと主人公との恋模様ありといったイベントが次々に起こる。

 起きている出来事は、タイムマシンを使って自室のエアコンのリモコンをなくすなくさない壊れた付いただのといったきわめてしょうもない(しかし当人たちにとっては切実な)ことなのだが、描き込まれる感情の種類は多く、その起伏は非常に激しい。

 ふつう、感情の乱高下を表現するとエンタメ度合いは高まるものの、文化的な香りからは遠ざかっていきやすいのだが、饒舌ながらも抑制された文体でそこを綴ってみせるのが森見流である。つまり、森見作品はエンタメとしての骨格がしっかりしている上に、独特の文化の香りのする肉付けがなされているのが特徴だ。

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