なぜ日経はデジタルシフトに成功した? メディア関係者の必読書『2050年のメディア』を読む

『2050年のメディア』が伝える

市場の圧力とテクノロジーに対する評価の変化

 もうひとつおもしろい点は、本書と著者の最初の著書『アメリカン・ジャーナリズム』とでは、結論が真逆に見えることだ。

 本書では、ワシントンポストやニューヨークタイムスは株を上場しているがゆえに市場からの強力な圧力が生じてデジタルファーストにシフトに成功しえた一方、日本の新聞社は「日刊新聞法」による資本規制ゆえに株主からの突き上げや買収の脅威にさらされることがなく、結果、変化できないのではないかと語られる。また、NYTや日経のデジタルシフトが成功しえたのは、新たなテクノロジーに対応し、会社の体制・空気としてエンジニアを下に見るのではなく、記者と対等の存在として遇し、サイトやアプリを内製化したからだとも語られる。

 ところが「アメリカの調査報道の豊かさが失われたのはなぜか?」をテーマにした1995年の著作『アメリカン・ジャーナリズム』の結論は「ウォールストリートの論理とニューメディアの台頭で調査報道は死んだ」だったのである。ケーブルテレビをはじめとする新しいメディアの普及によって“軽チャー”(軽薄短小なもの)が好まれるようになり、それに応えるように一本一本の記事が短めのゴシップ誌が伸び、そうしたトレンドを汲まない硬派な新聞社は苦戦を強いられ、市場の論理によって淘汰されていった――これが著者の最初の著作の結論である。

 「公開市場からのメディアへの圧力」と「新奇なテクノロジー(ニューメディア)への適応」への着目は、著者の著作では一貫しているが、それに対する評価は1作目ではネガティブ、本作では比較的ポジティブなのだ。

 もちろん市場の論理もテクノロジーもそれ自体は価値中立的なものであり、良くも悪くも作用する。過去作と読み比べることで我々は「良し悪しはともかく、キャッチアップしなければいけない」という愚を避ける視点を得られ、どうすれば市場からのプレッシャーや新しいテクノロジーを良い方向へ活用できるのか、を考えることができる。

■飯田一史
取材・調査・執筆業。出版社にてカルチャー誌、小説の編集者を経て独立。コンテンツビジネスや出版産業、ネット文化、最近は児童書市場や読書推進施策に関心がある。著作に『マンガ雑誌は死んだ。で、どうなるの? マンガアプリ以降のマンガビジネス大転換時代』『ウェブ小説の衝撃』など。出版業界紙「新文化」にて「子どもの本が売れる理由 知られざるFACT」(https://www.shinbunka.co.jp/rensai/kodomonohonlog.htm)、小説誌「小説すばる」にウェブ小説時評「書を捨てよ、ウェブへ出よう」連載中。グロービスMBA。

■書籍情報
『2050年のメディア』
著者:下山進
価格:1980円
出版社:文藝春秋

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