星野源が歌った嘘偽りなき“人間宣言” ツアー後に再考する、『Gen』を形作った音楽家としての原点

星野源、現代の“絡まった糸”を解こうとする強かな抵抗
そうは言っても、彼の持ち味の一つは大衆性に共鳴するおおらかさにもある。シングルとして公開されていた1曲目「創造」は『スーパーマリオブラザーズ』の35周年テーマソング。もちろんシングルバージョンとは異なるミックス、冒頭のソウルフルなボーカルがカットされ、アナログシンセサイザーのメロディが追加されるなどの様々な工夫がされているが、ゲームの中で流れる効果音が使用されていたり、マリオの冒険さながらに右から左へとスクロールしていくようなスピード感で、エンターテイナーとしての星野を求めるファンの期待に応える。しかし、『世界陸上 アジア大会』TBS系テーマソングでもあった「生命体」、ドラマの主題歌として話題を集めた「不思議」「Eureka」のようなテレビで耳にすることが多かった楽曲たちでもーー思い返せばそもそも星野の作品が総じてそうであったようにーー浮ついた明るさなどない。常に何かにもがき、何かに苦しみ、何かに苛まれている。おそらくそうやって彼は音楽家としてのキャリアを進めてきた。国民的人気者になったのは、もちろん、前述したように大衆芸能をも愛する側面を持ち合わせているのもあるだろうし、それを形にする音楽的才能、センス、感性を持ち合わせていることもあるだろう、だが、それ以上に、どんなにもがいて苦しんでも世の中に対して精一杯の笑顔を作ることにも創造性を感じるクリエイターだからだと思う。そのための努力をきっと星野は惜しまない。
そういう意味で、このニューアルバムの個人的なベストトラックは10曲目「暗闇」だ。アルバムの半分を折り返したところに、唐突に現れるアコースティックギター弾き語りのこの曲は、アルバム『ばかのうた』の1曲目……つまりソロデビューの最初の一歩目とも言える「ばらばら」を思い出させるかもしれない。そう思うと、このニューアルバム『Gen』の根底に置かれた目線がおのずと浮き彫りになるのではないか。少なくとも、〈馬鹿な顔した/異形の者たち/妖怪の人肌〉という一節が聞こえてくる「暗闇」という本作随一の何も纏っていないこの曲は、『ばかのうた』の“ばか”とはまた違う、異形で妖怪のような何かが脳裏に張りつくようになった40代の彼の嘘偽りないため息のようなものだ。この曲を聴いた時に、星野のささやかな、でも骨の髄にまで染み込んだ抵抗の証をそこに見ることができたし、だからこそ、そこに収束されまいともがく強かな生命力の確かさを本作に窺うこともできたのだ。
ルイス・コール、サム・ゲンデル、サム・ウィルクスが参加したフューチャージャズスタイルの「Mad Hope (feat. Louis Cole, Sam Gendel, Sam Wilkes)」、韓国のラッパーであるイ・ヨンジが参加した軽やかな「2 (feat. Lee Youngji)」、UMIとカミーロを迎えたメロウな「Memories (feat. UMI, Camilo)」、アメリカのラッパーのコーデー、DJ・ジャジー・ジェフが参加した緩やかなR&B調の「Eden (feat. Cordae, DJ Jazzy Jeff)」といった多様で豪華な客演陣が光る曲が要所要所に配置されている。だが、それらでさえ訴えかけてくるのは、まるで絡まった糸を解こうとする星野の、寡黙で静かで、丹念な働きかけだ。黙々とメロディに、歌に、演奏に没頭しながら、どうしてこんなにもつれてしまったのだろう、と振り返りながら、一つひとつ糸をほぐしていく星野。もしかすると本作はそんな作業を形にしたアルバムかもしれない。そして、それこそが極めて人間的、人間・星野源宣言と思えてしまうのは、我々……いや、少なくとも筆者がもつれた糸の中に入り込んでしまっている現代人の一人だからなのかもしれない、と思う。
私たちがコンサートやテレビ、ラジオを通して受け止める星野源は確かに現代日本を象徴するポップアイコンに他ならない。けれど、そんな星野でも、生きることに苦悩し、持って行き場のない怒りを吐き出したくなり、そこから逃れるためにストラグルし、時には涙を流す……そんな夜だってあることを『Gen』というアルバムは教えてくれるようだ。そしてそれは、星野源という一人の人間だけではなく、あなたや私もまた然り、ということでもあるだろう。この世界はどうなっていくのか。2025年もあと2カ月ほどになった今、ふと秋空を仰ぎながら筆者はそう感じている。

























