Watsonが締め括った『Soul Quake』という物語 3部作の最終章が描く“ゲームチェンジャー”の現在地
2020年代をWatsonは牽引する。2021年のミックステープ『thin gold chain』から始まり、続く2022年の作品『FR FR』、『SPILL THE BEANS』では、まさに彼が現れた以前/以降を分けるようなシーンのゲームチェンジャーとして決定的にその名を轟かせた。
そんな彼が取り組んだ巨大なプロジェクト『Soul Quake』シリーズは、3作目の『Soul Quake 3』をもって完結した。彼が2020年代前半のシーンを変革し、多くのことを我々に示し続けたことを確認できるような3部作だ。
生き様を刻むラップと歌――前2作を経て辿り着いた境地
1作目『Soul Quake』では、豪華なゲストが集い、華やかな日本語ラップシーンの中心に、彼の席が用意されていることを見せつけ、『Soul Quake 2』では、完全なソロアルバムとして徹底的に作ることで徳島出身のルーツを明確に示しながら、自らの現在地点を描いた。『Soul Quake 3』は、1作目のように多数のゲストを招きながら、2作目のようなムードの統一を図る。もちろん、プロデュースは盟友のKoshyだ。
仙人掌とDaichi Yamamotoが参加した「スーパーレア」やDADAとC.O.S.A.が参加した「Koshy Freestyle」をはじめ、スキルフルなラップのアンサンブルは、摩擦で火花が飛び散るように擦りあっている。Watsonのラップは、そのユニークなワードプレイもさることながら、情景を直接的にイメージさせるようなレトリックの鮮明さに毎回驚かされるが、これらの曲は、そんなイメージのまま颯爽と駆け抜けていくような感覚を持っている。Benjazzyが参加し、2ステップビートに乗る「Fashion Week」で複数のブランドを畳み掛けるネームドロップも印象的だ。
ただ同時に、本作を聴いて感じたのは、ラップアルバムとしての強度と同じように“歌のアルバム”としての強度もあるということだ。
たとえば、guca owlが参加した「MOTO」は、正統派で渋いメロディックラップで、お互いリリックのなかで自己言及しているような両者のダミ声も相まって、ブルージーな感覚すらも備わっている。T-Pablowが参加した「今日という日は」や最終曲「Real Love」は、Watsonらしいラブソングで、本作のなかでもとりわけ歌の要素が強いメロディアスな楽曲である。こういったWatsonのフロウの幅は、ラップのなかで自分の声を確立した今だからこそ、成熟し、受け入れやすく聴こえるものなのだと思う。彼の生々しい歌唱のようなラップはブルース的とも言えるし、まさしくソウルが宿っているとも言える。
さらに、そういったアルバムの印象は、多種多様でありながらも、声ネタのサンプルをいくつかの場面で取り入れるKoshyによるプロダクションの、どこかしっとりと抑制されたムードの統制も大きな要因である気がしてならない。
こういった部分で、本作が単に流行りを取り入れた凡庸なものではなく、当人の生々しい感情や強い意志がパッケージされた作品であることは明確だ。それは、リリックで語られるような、瞬く間に手にした成功と自らの人間性の物語とも重なっているだろう。1作目と本作のあいだに、自らのルーツへと立ち返り、フッドへ還元するものとしてのヒップホップ/ラップミュージックのあり方を示す前作『Soul Quake 2』があったことは、重要だ。大金と成功を手に入れながら、自らがどのように出てきたのかを忘れず、市井の視点をもってひとりの人間であろうとする強い意志や生き様が、アルバム全体に確かに見られる。
〈17歳で一人暮らし/金を借りまくって酷い暮らし/自立したけど死んでねーぜ/名刺もらうがインデペンデント〉(Watson Keep Going (feat. WILYWNKA))
〈金をとってたじーちゃんの車から/はよ謝らな年齢が来る体/そんな俺だから自慢になんないよvv/だけどある首を光らした意味/ye大事なものがゴールドじゃヤダ〉(「今日という日は (feat. T-Pablow)」)
鮮明で生々しい光景を映すからこそ、Watsonの声はより一層心に響くものとなる。彼の人生を詰め込んだ『Soul Quake』シリーズに一旦区切りをつけた今、果たして次はどのような光景を見せ、心を揺さぶってくれるのか、楽しみで仕方がない。


























