Jin Dogg『Pain Makes You Better』に両立する叙情性と生々しさ ストリートの視点から描き出す“人間のリアル”

 大阪府出身のJin Doggは、凶暴でハードなスタイルと叙情的な歌心を両方携えているラッパーだ。リリックは常にストリートに根差し、時にシリアスに叫ぶようなこともあれば、キャッチーなメロディで歌い上げることもある。

 昨今のヒップホップシーンおいては、国内シーンを超えグローバルに広がった千葉雄喜「チーム友達」の名付け親(もともと“チーム友達”という言葉はJin Doggが自らの仲間内で使っていたスラングだった)としても度々名前が挙がりながら、ドラマや映画などで役者としてもマルチに活動する。そんな彼の音楽的な特性は、ロックが持ってるものにも近く、シャウトを多用したハードコアパンクとリンクするような曲も多い。さらに、彼のメロディは遡って日本歌謡的なセンスを想起させ、ヒップホップ以外の、特に日本の音楽カルチャーへの造詣を随所に感じさせる。それが、幅広いリスナーの耳を引くようなキャッチーさにも繋がっているのだろう。彼のそういったオリジナリティは、実際に楽曲への参加も果たした同郷のYOU THUGなどの若手アーティストにも引き継がれてもいる。

 Jin Doggのアルバムは、ストーリー性を持っている。そんな彼の3rdアルバムとなる新作『Pain Makes You Better』は、多彩なプロデューサーと客演が集結しながら、内省的な個人のドラマと外に開かれていくような音楽的な野心が両立している作品である。

 一曲目から今まで以上にエレガントなピアノのトラックで幕を開け、過去作とはまた違った一面を見せる。たとえば、ケンドリック・ラマーの『Mr. Morale & The Big Steppers』やテラス・マーティン『DRONES』などの、ジャズの要素を取り入れた西海岸のヒップホップアルバムも少し頭をよぎるようなムードだ(彼の“Jin Dogg”というステージネームの由来のひとつは西海岸のOG、スヌープ・ドッグでもある)。特に前半に集中するしっとりとした質感は落ち着きを獲得しているようにも聴こえるが、「生きる (feat. guca owl, NANJAMAN & SUNADEMUS)」の印象的なリリックも含め、彼らしい切実な生活の音楽にもなっており、リアルさと底なしのハングリーさが消え去っていないことをリスナーに示す。

 一方で、自身の特徴であるダークなトラップサウンドや、生々しい歌唱を披露するような楽曲も健在で、たとえば中盤の展開のなかでも一際耳に残る「食えるまで (feat. YOUNG YUJIRO)」の不穏なトラックと同時に、終盤の「Home」、「大雨の道頓堀」には泥臭くエモーショナルかつキャッチーなメロディも同居する。各パートで多様な展開を見せるアルバムの構成は、過去作のなかでも最も高い完成度を誇っていると言える。全体を通して聴くことでひとつの物語、ひとつの流れが浮かび上がってくる劇的な感覚に溢れたアルバムだ。

JINDOGG - GO SAD MAD prod by. youngsavagecoco / 食えるまで feat. Young Yujiro prod by. Scratch Nice

 タイトルの通り(そして、これまでと同様に)、Jin Doggは痛みを美化せずに描写するが、時に目の前が開けたような美しい瞬間も映す。そういった叙情性を手放さない姿勢が作品に味を生み出し、豊かなものにしている。それは人間の多面性を鏡写しにしているようでもある。一方でシンプルな繰り返し――たとえば、前述した「生きる (feat. guca owl, NANJAMAN & SUNADEMUS)」の〈ただ生きる それだけのため 俺金がいる〉といった切実な叫び――が、強い意味を伴ってリスナーに響くリリックなど、そのフロウの使い分けでエモーションを獲得する生々しさも彼の音楽の特徴だ。ただ生きていることを描写するだけでドラマになる。“生きるための音楽”でもありながら、“生きることそのものを歌った音楽”でもある。

 ラッパーにとって重要なキャラクター性と声質。その両方を合致させ、前述したサウンドも含めて、異色の存在として成り上がっていくJin Doggの物語は、ストリートや人間のリアルな姿を映す音楽として、王道のヒップホップミュージックとも言えるだろう。本作でひとつの到達点を示した彼が、これからどんなパフォーマンスを繰り出すか、刮目すべきだろう。

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