連載「lit!」第134回:千葉雄喜、YDIZZY、Montana Joe Carter……深い情感と美意識で踊らせるヒップホップ5作
新年一発目の「lit!」ヒップホップの回では、年末年始にリリースされた、踊りを促すような日本語ラップのアルバムを5枚紹介しよう。ラップをスムースに聴かせるコンセプチュアルなビートの流れは、アルバム1枚を通しで聴くからこそリスナーに染み込み、深い情感とともに、音が鳴っている時間の価値を私たちに与えてくれるだろう。各々でスタイルは異なれど、これらはそういった確かな美意識とオーセンティシティに満ちた作品群である。こういう作品たちを聴きながら、2025年も頑張って生きていきましょう。自分の中の楽しさや違和感を何よりも大切にして。そして、各々のそれを、心無い人間に売り渡さずに(ただし貰えるものはもらって)。
千葉雄喜『STAR』
そのオーバーグラウンドな成り上がりによって、千葉雄喜は本格的に2024年の顔、グローバルな“スター”になったわけだが、年末にリリースされた『STAR』はそんな彼の現在地点のパッケージとして機能するだろう。収録曲は、「チーム友達」も手がけたKoshyが全曲プロデュース。彼が手がけるシンプルなビートの上で、スターになった千葉雄喜の日常が接写される。内容はコンパクトで非常に端的。その様はあまりにも余裕で身軽だ。だがその中にも、断片的で、ある種のピュアさを持つ言葉、単語を散りばめながら独特のレトリックを形成していく“KOHH”による鮮やかなワードプレイを楽しめる場面はいくつも存在する。特に「重てえ」や「ありのまま」は、そういったKOHH時代のラップの魅力が詰め込まれた楽曲と言えるだろう。感情表現に寄らない、淡々と物事を切り取っていく様は、内省表現のバリエーションが豊かになった今のシーンの中ではむしろ新鮮にすら感じるが、KOHH時代の近作『UNTITLED』や『worst』が以前より輪をかけてドラマチックな作品だったことを考えると、その反動とも捉えられなくはない。いずれにしても、音としてフィットするような言葉のチョイスやその繰り返しが、ビートとともに私たちの首を動かしている事実は変わらないだろう。
YDIZZY『heartbreak』
ヒップホップクルー kiLLaのメンバーとしても知られるYDIZZYは、自らのコントローラーを明け渡さず、新作でも自由かつ奔放に音楽を探求する。過去にもロックやダンスミュージックとの折衷を独特のスタイルで施行してきたが、内省的なリリックを散りばめた『heartbreak』にもそういった面白さが詰め込まれている。タイトなアルバムの流れはスムースに一周し、夜の街を流れていくようなメロウネスや暗さ、煌びやかさや混沌を浮かび上がらせる。YDIZZY自身の奥に沈み込んでいくようなラップも、こういった作品のアクションに合致し、豊かなエモーションを生み出していると言えるだろう。例えば、同じくkiLLaのメンバーであるArjunaと久々に共演する「trap (feat. Arjuna)」や、アンビエントテクノの風味を塗したような、ビートの苛烈さと浮遊感を楽しめる「pill」など、忘れ難い場面も多い。クールでドライなラップに耳を惹かれる瞬間から、音の鳴っている時間のエターナルな感覚まで、短いアルバムの尺の中で多様な体験をリスナーに促すような、刹那的な作品。
soakubeats『ひとり分の力』
故ECDのツイートから引用したというタイトルのsoakubeatsによるニューアルバム『ひとり分の力』は、この世界において、一人ひとりが個として生きていくことに寄り添い、共感し、祝福するような、まさに2024年を締めくくるのに相応しいと言える、そんな勇気づけられる作品だった。多様なラッパーやシンガーのアンサンブルと、ブーンバップからトラップをはじめとするバリエーション豊かなサウンドが詰め込まれながらも、環境や社会に対する逡巡と、そこから外れることの快楽を描き出すテーマに、各楽曲が寄り添っていく統一感も携える。メロディアスな「底流 feat. PAZU」「Happiness (is coming) feat. NowLedge, PICNIC YOU」の流れや、「SimCity 2000 feat. DEKISHI」など、クラブライクな楽曲にも溢れ、スピーカーの前のリスナーを踊らせることを忘れない。終盤における、R&B調の「一安心 feat. CHIYORI, OGGYWEST」から、内省的でパーソナルな「GOOD LUCK feat. Moment Joon」で、アルバムのテーマが締め括られる展開も印象に残る。抑圧や不平等に対する違和感とそこから抜け出すロマンが、切実かつリアルなものとしてこの1枚には刻まれている。