森山良子×大江千里、双方の人生が深く刻まれた珠玉の一枚 “日本”のジャズアルバムができるまで
「ご自身の人生を裏表なく、光と影を僕に見せてくれた」(大江)
ーー以前千里さんもレッスンを受けた、コプロデューサー・有田純子さんからも教わったんですよね?
森山:そうなんです。まず言われたのが、私が聴いていた例えばエラ・フィッツジェラルドとか、偉大なボーカリストがやっていたジャズと今のジャズは違うんですよっていうことでした。それがすごくショックで、私は一体何を目指していたんだろうって……。そこから現代のジャズ、例えばダイアナ・クラークとかの歌を勉強して、眉間から声を出すことを意識するミックスボイスを熱心に教えてくれました。
大江:ヘッドボイス(芯のある裏声)とチェストボイス(胸に響いてくるような地声)をミックスさせる声ですよね。
森山:それを徹底的に練習して、少しずつ身についてきて、そうしているうちに千里さんが次から次へ素晴らしい曲を書き上げてくれました。それがすごく面白い曲が多いんです。笑ってしまう面白さ、インタレスティングな面白さもあって、1曲1曲の中身がとても濃くて千里さんの千里眼とでもいうか……。
大江:そこですか(笑)。
森山:色々なことを見つめてきた千里さんならではの言葉、ジャズという音楽の中で千里さんの言葉がものすごく息づいているというか。もちろんこれまでたくさんのヒット曲を書いていらっしゃいますけど、今回のアルバムの一曲一曲も、難しいけど面白いんです。これを歌えるようになったら面白いだろうなっていう興味深さが満載なんです。
ーー良子さんは2003年に初のジャズアルバム『THE JAZZ SINGER』を発売しましたが、今回改めて聴き、当然日本語と英語、スタンダードジャズのカバーという違いはありますが、全く違う“歌”でした
森山:そうなんです、あれがそれまで私がジャズと思っていたもので、でも今回のアルバムは今のジャズ。
ーー千里さんと良子さんが会話の中で交わした言葉が生き生きと描かれた、良子さんの人生を映し出した、生活に根付いたジャズだと思いました。
森山:そうですね。聴いたこともない、歌ったこともない音階がたくさん出てきて、最初に聴いた時は「これがエンディング?」って思ったり、メロディが難解なので、歌がハマるまで時間がかかりました。今まで歌ってきた歌とは全く違う切り口なので難しかったけど「甘えるな」って自問自答しながら何度も練習しました。でも歌いがいがあって、とにかく全てが新鮮で面白かったです。
大江:ご自身の人生を裏表なく、光と影を僕に見せてくださいました。僕はその中からワードをピックアップしてそこに色々な味付けをして、あとはジャズミュージシャン達がジャズ指数を上げてくれたアルバムです。
ーーこの日本語歌詞のジャズアルバム、どの曲が起点になっているのでしょうか?
大江:最初は「LOST AND FOUND」ができました。どんな人も年を重ねてくると、大事な存在との別れ、ロス感というものを経験をして、辛さや悲しさ、寂しさみたいなものを抱えながらも笑って楽しくそれぞれの人生を生きていく。そこに訴えることのできる曲を、僕が一番得意としているラブソングとして描こうと。「LOST AND FOUND」という遺失物、過去のある場所に、思い出にもう1回会いに行くことを考えて、ストーリー化しました。ひとつ決めたのは、物語の中に出てくる恋人が亡くなっていることを明確にして書き進めることでした。チャレンジングではあったんですけど、書いたらすぐ良子さんは覚えてくださって。
森山:私の曲は、どちらかというと重いテーマのものが多くて、でも千里さんが書く曲は、本当に軽やかで楽しくて。「LOST AND FOUND」は、先日私のコンサートに千里さんがシークレットゲストで来てくれた時初めて生で歌って、その時レコーディングの時とは全然違う感覚に襲われて、途中で嗚咽して歌えなくなりそうになりました。その歌詞の中から私が今まで出会った色々な人が浮かび上がってきて、胸がわなわなしてきました。
ーー曲がお客さんの思いと共鳴したのだと思います。
森山:レコーディングでは感じなかったものをステージでは感じて、お客さんも私と同じ世代の方が多かったので、皆さんが歌に共感して、いい人に出会えて、いい人生を送ってきたね、一緒に強く生きてこうねという思いが重なったのだと思います。込み上げてくるものがあったのか、涙を流しているお客さんもいました。
大江 「LOST AND FOUND」を書いてからは、チャーリー・パーカーみたいなのはどうかなと思って「TONGHT‘S SPECIAL」を書いて、日本語に合う面白い音階がどんどん浮かんできて、ボサノバもやりたい、あれもやりたいこれもやりたいってアイデアがどんどん浮かんできました。「NADA SOUSOU(涙そうそう)ではコーラスっぽい感じにチャレンジしたり、聴く人がニンマリするようなものを作ろうと。