前川真悟(かりゆし58)×GEN(04 Limited Sazabys)対談 フロントマン同士が語り合う音楽の真髄

2026年2月22日にデビュー20周年を迎えたかりゆし58。アニバーサリーイヤーとなる今年、デビュー記念日の配信リリース、5月10日に開催される大阪城音楽堂でのワンマンライブなどさまざまなプランがすでにアナウンスされているが、そんな中、3月18日にリリースされるのが、バンドキャリア初のトリビュートアルバム『かりゆし58 20th TRIBUTE ALBUM-Solo-solo HA!touch-』だ。彼らと同郷・沖縄のアーティストをはじめ、かりゆし58とゆかりのある面々が集結し、それぞれの思いとともにその楽曲をカバーする……ジャンルもスタイルもさまざまだが、かりゆし58というバンドと音楽への愛とリスペクトに満ち溢れた、聴いているだけで幸せを感じるような作品である。
そのトリビュートアルバムに参加したバンドのひとつが04 Limited Sazabys。初期にはLD&Kのレーベルメイトでもあった2組はどのように出会い、お互いにどんなことを感じていたのか。そしてフォーリミがカバーした「電照菊」にはどんな気持ちが込められているのか。前川真悟とGEN、2人のフロントマンにがっつり語り合ってもらった。こうして膝を突き合わせて話すのは意外にも初めてという彼らによる貴重な対談だ。(小川智宏)
どこで歌っても見える景色は全部1対1の積み上がったもの
――まずはかりゆし58、20周年おめでとうございます!
前川真悟(以下、前川):ありがとうございます。20年をどう数えるかは難しいんですが、どう迎えたいかみたいなところで言うと、10周年の時は(中村)洋貴の手の怪我での休養があって、15周年は洋貴が復帰して帰ってきたんですけど、よし行くぞって思ったらコロナ、みたいな(笑)。だから20周年は初めてメンバーで迎えられる大きな節目なので、五体満足でいられたらっていう感じですね。
――そんな中、今回トリビュートアルバムが出るということで。非常に豪華かつ、かりゆしとゆかりのあるアーティストもたくさん参加されているんですけど、その中から今日は04 Limited SazabysからGENさんにお越しいただいております。
GEN:よろしくお願いします!
――お2人の初対面はいつだったんですか?
GEN:真悟さんはもしかしたら覚えていらっしゃらないかもですけど、僕らがLD&Kにお世話になり始めて、まだリリースもしてない頃、当時の早稲田のスタジオに寝泊まりさせてもらってたんですけど、そこでご挨拶したんです。その時に、どこの馬の骨かも分からない、ただの元気な大学生みたいな僕らに対して、真悟さんがすごく丁寧に対応してくれたんですよ。本当に僕にとってはあの時大活躍していて、テレビとかで見てるような真悟さんが、こんなにまっすぐ対バンドマンとして対応してくれたのはすごく印象的でした。逆に雑に扱われた先輩のことって意外と今でも覚えてるんで、後輩には優しくしてます(笑)。
――前川さん、当時のことは覚えてますか?
前川:覚えてます。あの頃よく一つ屋根の下にいたもんね。まあ、毎日飲んでたから断片的ではあるんですけど。フォーリミに対しては、こんなにクリアな歌声で、なのにこの骨太のサウンドに負けないバランス感ってなんだろうとか、同じテンポぐらいの曲やってるのに、この疾走感の違いはなんだろうとか。底力を勝手に感じてました。今、「どこの馬の骨」って言ってたけど、それは彼らにまだ誰かから与えられた名刺がなかっただけで、フォーリミはあの時からなるべくしてなる原石を持ってた気がします。

――なるほど。対バンを初めてしたのは2018年、長崎でのSHANK主催のフェス『BLAZE UP NAGASAKI』? その後2019年にフォーリミの『YON FES』にかりゆしが出演するということもありましたが。
GEN:対バンって感じはそうなのかな。でもそういう絡みはほとんどなかったんですよね。1回金沢に僕らが行った時にちょうどかりゆしが金沢EIGHT HALLでライブしてて、軽くご挨拶だけさせていただいたような記憶がありますけど。
前川:だからこんなにがっつり話すのは初めてかもね。
GEN:本当、そうです。「BLAZE UP」に出た時に、僕、ライブ終わってお酒とか飲みながらだらだらしてるタイミングで、ライブ前の真悟さんが絡んできてくれたんですよ。それでちょっと海辺の方でだらだら喋ってたんですけど、真悟さんはそのままの感じでステージに行ったんすよ。「あ、そっか、もう出番か」みたいな感じで。で、そよ風に乗るかのごとく、ちょっと喋ってポロンって音を鳴らしたらどんどんグルーヴが高まっていって。「あ、真悟さんってそこまでのマスタークラスの人だったんだ」みたいな(笑)。僕が思ってる以上に達人だったんだな、すげえ人だなって思ったのはすごく覚えてます。

前川:でもGENくんも、ライブのMCがものすごくリリカルだしリズミカルで。その瞬間を捉えようとしてる、あのひたむきさ、あれはどしんと構えてる人間には掴み取れない感覚だと思うし、掴み取れない欠片たちだと思う。これがライブバンドだなっていう、「今日は何が起こるんだろう」っていう緊張感とワクワク感を感じさせてくれる、素晴らしいフロントマンだなと思って見てますね。
GEN:嬉しいです。スタイルは違えど、僕もきっと真悟さんのああいう感じには影響されてると思います。なんか、かりゆしのライブはすごく安心して見れるというか。たまに「大丈夫かな?」みたいなバンドもいるじゃないですか、MCにしろライブにしろ。あのユルさで始まってこんなに安心できる、あの脱力感ってなんだろうって強烈に思ったのを覚えてますね。別に用意した言葉でもないし、やっぱり達人だなって。
――そういうライブのスタンスとか空気感みたいなものって、やってくる中で変わってきたものですか?

前川:もうとことん変わってます。さっきGENくんは自分たちが初めて出会った頃、僕らのバンドはいろんなところで活躍していたって言ってくれてたんですけど、当時は目の前の景色とか環境がぐるぐる変わっていくから、どこにも行き場がない時よりももっと、自分が何者か分からない、自分の身の丈が分からなくなるような中にいたんです。そこでご一緒させてもらうミュージシャンもほとんど100パーセント、「わ、やばい、この人たちすげえ」みたいな。いろんなものに感化され、いろんなものを猿真似してみて、で、それをメンバー苦笑いしながら見ているっていう感じだったんです。でもある日自分の中で「これって人から借りてきた嘘の表現だな」と思ったら恥ずかしくなって。「これをずっと続けてたら何が残るんだろう」っていうところから背伸びをなくしていった結果、今も経過中ですけど、今の感じになってきたという感じですね。
――先ほどの「YON FES」の話もそうですけど、生活の延長でステージに出ていって歌うみたいな感じになってきてるのかなと。
前川:コロナ以降特にそうかも。バンドはバンドとしてですが、ここ4、5年はほぼ毎日流しとかやってるから。
GEN:ちょっと待ってください、毎日流しやってるんですか?
前川:流しというか、投げ銭ライブね。面白いよ、あれは。で、やるとやっぱりめくれるから。ステージの上で、光とか大きな音とか周りの仲間を使ってサイズアップしたようなものが、平場でもう目の前でやった時にめくれてしまうみたいなことがないようにしたいなと思っていますね。
――飲み屋で飲んでて前川さん出てきて歌い出したらビビりますけどね。
GEN:ビビりますよね。でも僕もそうやってスナックとかで歌うのはすごく好きなんです。地方とかでふらっとに入ったお店でカラオケを歌って、自分のこと知らない、さっきおっしゃったようないわゆる平場でどれだけ戦えるか、みたいに自分の心臓の筋トレとしてやったりしてますね。
――前川さんはなんでそれを始めたんですか。
前川:大きいきっかけはコロナで。その前から、自由と責任をもうちょっと自分1人で背負ったり味わったりして、自分がどこまでできるかを確認してみたいっていうのでちょいちょいやってたんですけど、コロナの時にカレンダーがみんな白紙になったんですよ。最初の頃は息子と一つ屋根の下にずっといられるなんて初めてだったから、家族で過ごせるなと思ってたんだけど、父ちゃん家にいたら無職だから、とにかく何か作っていたい。映像にハマったり、週に1曲ずつぐらいデモを作っていこうとかやって、その「いいね」の数に一喜一憂してたんですけど、そのうちに「これ音楽かな?」みたいになって。そろそろこのルーティンにちょっと疑いが出てきたっていう時に、友達の居酒屋が周年を迎えるんだけど、せめて常連のお客さんにだけはお店からの感謝を伝えたいから、そこに来て歌ってくれないかっていう話があって。あっちは店にお客さんを呼ぶことすらちょっと世の中から憚られる、こっちはライブハウスで待ってたって人は来ない、どこに行きゃ俺たちは音楽できるんだろうっていう状態で、世の中のつまはじきもの同士が肩寄せ合ってやった時に、今まででいちばん生の喜びがあった気がして。「これ楽しい」ってやってたら、「そんなことやってるんだったらうちの店でも」ってなっていった。そこからですね。

――それを今も続けていらっしゃる。
前川:おかげさまで。重度の障害を持たれた方々の前でとか、目が見えない人たちの学校で歌って、「音楽やっててよかったな」みたいな瞬間がそういうところから生まれたりもして。ものすごい栄養になってます。
――それはいわゆるライブハウスとかホールとかでライブをやるのとはまったく違う体験だと思うんですよ。そういう体験が曲作りや、またライブハウスに戻っていった時のパフォーマンス、そこで喋ることに影響を与えてる部分もありますか?
前川:はい、あります。違うことだと思ってたんです。だから対極に行きたかったんだけど、何百人、何千人の前でやるのも、5人、6人の前で歌うのも、そこで見える景色は全部1対1の積み上がったものだということが、今さらながらわかったんです。今、この人の心の中で何が起こってるんだろうかみたいなことを逃げずに想像するというか、人を群衆だと思ってた自分が少しなくなりました。ライブハウスも1対1の延長にあるって思ったら、よそ行きの言葉が減っていくというか。「板の上はどこも一緒だな」みたいなことを感じて、やることが同じになりました、どこに行っても。
――なるほど。GENさんはもともと出会う前からかりゆし58の音楽のどこに魅力を感じていましたか?
GEN:僕がかりゆしをレゲエとして捉えてたので、そのピースフルさとグルーヴ感ですね。で、そこにやっぱこう真悟さんのまっすぐな歌詞が乗って。「アンマー」聴いた時は、すごく生活感というか、パーソナルな部分を歌っていらっしゃったので、それがこんなに泣けるのかと思いました。自分の話じゃないのに自分の話みたいな気持ちで聴けた。それがすごいなと思いましたね。

――今回のトリビュートアルバムを聴かせていただいても感じるのはそこですよね。もちろん音楽のスタイルは、参加されたアーティストみんなそれぞれだし、結構ガラッと色が変わっている曲たちばかりなんですけど、やっぱり歌詞とメロディが、違う人が歌ってもちゃんとその人の物語として聴こえてくるというか。
前川:おお、そっか。僕は真逆で、参加されたアーティストさんたちの曲を可愛がる力、みんなの包容力に曲が抱かれてる感じだった。それが僕らの曲の魅力かどうかは分かんないけど、同じ感想に行き着きました。ああ、この曲たちがこんなに可愛がってもらえて嬉しいなって。
――本当に素晴らしいカバーばかりなんですけど、アーティストの皆さんにはもちろんかりゆし58の方から声を掛けたんですよね。
前川:そうですね。それぞれに物語があったりするんです。じつはその曲が生まれた背景にそのアーティストの存在がいたりとか。たとえばガガガSPは、僕らはガガガSPがいるからという理由で今のレコード会社にデモテープを送ったんです。あと、僕は昔、10代の頃はハードコアをやってたんですけど、そこから生まれて初めて、今みたいに日本語の歌詞でメロディがある曲を形にしてみようと思ったきっかけは、嘘から出たまことだったんですよ。当時僕は岐阜と愛知の間くらいでトラックの運転手をやってて、週一ぐらいしか地場に帰ってこないんですけど、週末に先輩たちと飲みに行く居酒屋があって。田舎の方なんで、家族連れもいりゃ大学生もいるし、僕らみたいに作業服のグループもいるっていうところだったんですけど、そこで隣の女子大生グループがMONGOL800の「あなたに」を熱唱してたんです。その頃はモンパチが1日中ラジオで掛かってるような時で、先輩も若い女の子と喋りたいから(笑)、「実はこいつも沖縄でバンドやってて、モンパチとも一緒にライブやったことあるんだよ」みたいな話をして。そしたら女の子たちが「そうなんですか! 写真撮ってください」ってなって「何これ」ってなったんです。ものすごく惨めとまではいかないけど、「なんだろう、この喜びようのないこの写真」って。で、その女の子の1人が「今も音楽されてるんですか?」って聞いてきて、もう条件反射で「はい」と答えたんですよね。嘘なんですけど。「モンパチみたいなのですか?」「はい」とか言って。
GEN:へえ。
前川:「聴きたいです、今度」とか言うから、それで、貯めてた給料でMTRを買って、日本語の歌詞で「メロディはこんな感じかな」とかやって作ったのが、「恋人よ」っていう後のかりゆし58のデビュー曲だったんです。だから、モンパチはじつはバンドの根っこにいるっていう。語れば長くなっちゃうけど、例を挙げればそんな感じです。





















