連載「lit!」第130回:YouTube世代スターの台頭、歴史や伝統への意識、「We」の持つ力……2024年グローバルポップの動向を総括

 また、2024年を語る上で忘れてはならないのがチャーリー・XCXの『BRAT』だ。それは今のチャーリーができることを過剰なほど全て注ぎ込んだアルバムだった。一聴して分かるクリアで大胆かつ攻撃的なサウンドと、同時に30代女性としての葛藤や脆さも垣間見せる歌詞はリリース直後から大絶賛された。ライムグリーンの背景に黒のArialフォントで「brat」と書かれたシンプルなアートワークは瞬く間にTikTokを中心としたソーシャルメディア上で話題となり、「brat summer」と呼ばれる一大現象を起こした。

Charli xcx - 360 (official video)

 長らく、チャーリーの人気は特殊かつ現代的だった。クィアコミュニティに熱狂的な支持者を抱え、同時にハイパーポップに代表されるようにアンダーグラウンド界におけるスーパースターでもあった。それゆえ、誰もが知るポップスターというより、特定のコミュニティに厚いファンベースを築くカルト的な人気と言われることが多かった。

 『BRAT』モードのチャーリーはカルト的人気からメインストリームへ移行し、積極的に(主に北米での)ポップスターの座を狙ったようにも見える。豪華絢爛なゲストが集結したリミックス版『Brat and it's completely different but also still brat』はそうした戦略も見え隠れするが、その全てに必然性があったのは驚くべきことだ。ビリー・アイリッシュやアリアナ・グランデといったコラボレーターの名前は一際目を引くだけでなく必然性のあるものだったし、確執が噂されてきたロードとの和解(「Girl, so confusing」)や、偉大なる友人であるソフィーへの追悼(「So I」)という物語性にも説得力があった。

 本人にとっても予想外だったと思われるのが、「kamala IS brat」という投稿に米大統領候補だったカマラ・ハリス陣営が反応したことでチャーリーの名前が全米に飛び火したことだろう。そもそもイギリス人であるチャーリーは米大統領選の投票権はないし、本人も特に政治的な意味はなかった(※4)と述べているが、ポップカルチャー発のミームがこれほどまで政治的な影響力を持って輝きを放ったのは革新的なことだった。

 しかし、そのライムグリーンの輝きを前に、2025年の大統領の座にはドナルド・トランプが返り咲いた。さんざん接戦であると言われていたが、蓋を開けてみれば米民主党が支持を固め切れなかったのは明らかだった。トランプ陣営の勝利の要因としてポップカルチャーの観点からも気になるのは、YouTubeやSpotifyで展開される「ポッドキャスト番組」の影響力の向上だ。

 ある一つのポッドキャスト番組の視聴者という集団を、同質的な価値観を持った「島」に喩えよう。さらにその集合を「島宇宙」と名付けてみる(書き終えてから気付いたのだが、社会学者の宮台真司が1990年代に唱えた「島宇宙化」と同表現になってしまった。あくまでも本稿とは直接の関係はないことを明記しておく)。トランプ陣営の有力者達は選挙戦を戦う上で様々なポッドキャスト番組という「島」に出演して有権者に声を届ける戦術をハリス陣営よりも徹底的に採用した。マスメディアという従来の拡声器への対抗手段として、一つひとつの「島」に直接声を届けて「島宇宙」を形成するというやり方に軍配が上がった。この現象は昨年のまとめ回でも触れたNYタイムズの指摘する「ポップの中流階級」という現象とパラレルかもしれない。「誰もが知る有名人」という意味でのポップが崩壊しつつあるのは、個別の小規模なコミュニティ=「島」で独自のスターが誕生する時代であるということでもある。

 本稿で紹介した女性アーティストたちのインタビューを読むと、その多くが互いに声を掛け合い、助け合っていることがわかる。一方、オーバーグラウンドなラップシーンにおいては(男女問わず)ビーフが相次いだ。中でも歴史的な一大ビーフとなったのがケンドリックvsドレイクであり、「島」同士の摩擦が最も苛烈にあらわれたという意味で、ケンドリック・ラマーの「Not Like Us」は極めて象徴的な1曲だった。

Kendrick Lamar - Not Like Us

 ラマーの「Not Like Us」は、「俺たちとは違う」という意味だ。「We(=俺たち)」には必ず「They(=あいつら)」が想定されており、単なる「私たち」ではなく敵味方という対立構造を含んでいるため、必然的に自閉的で排他的なニュアンスを持つ。だからこそ「Not Like Us」は高い攻撃力を持つと同時に内側の結束力を強めた。本楽曲については2週前の本連載で、「ヒップホップシーンの分断と連帯を象徴する」(※6)と市川タツキがまとめているが、全面的に同意しつつこれはヒップホップにとどまらず社会全体に当てはまるような気がしてならない。

 「We」の話から繋げるなら、YouTubeを含めた既存のソ-シャルメディアが社会インフラと化した今、新たなファンコミュニティのあり方を提示する「Weverse」(由来がwe+universe)というサービスの成長には注目すべきだろう。「Weverse」は韓国のHYBEグループの一部として事業展開する企業で、アーティストのファンコミュニティのためのプラットフォームを提供している。元はK-POPアーティストがメンバー限定コンテンツやライブ配信でファンとの距離を近づけるサービスを提供してきた。韓国のみならず日米に支社がある成長企業だ。日本語で言う「推し活」のためのサービスであると言えばわかりやすいだろうか。

 今年はHYBEと米ユニバーサルミュージックが大規模なパートナーシップを締結したため、「Weverse」には今後は北米のメガポップスターの参入も相次ぐことが予想される。例えば今年人気を急上昇させたグレイシー・エイブラムスは「Weverse」を以前から利用していたし、早速アリアナ・グランデの参加がニュースになった。

 それぞれが閉じた「We」の集合(それは今年の日本の“Z世代”が流行語に選んだ「界隈」に近いかもしれない)が「島宇宙」を形成し、「We」同士の交流のダイナミクスが政治からポップカルチャーまでを左右する時代に突入しつつある。果たしてポップはどこへ向かうのだろうか? 筆者としては、「We」という壁を乗り越えるポップの登場を来年も期待したいところだ。

※1:https://www.biography.com/musicians/a62488913/sabrina-carpenter
※2:https://rollingstonejapan.com/articles/detail/41655
※3:https://music.apple.com/jp/album/tyla/1772394609
※4:https://www.billboard-japan.com/d_news/detail/140968
※5:https://realsound.jp/2024/01/post-1544802.html
※6:https://realsound.jp/2024/12/post-1858736.html

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