連載『lit!』第120回:The Weeknd、テイト・マクレー、Bon Iver……解体や循環の中で生まれるグローバルミュージック

 例年以上に過酷でエキサイティングだった夏が過ぎ、まだまだ暑いながらも、少しずつ秋の到来が感じられる9月を迎えた。一般的にはゆったりと年末ムードへ切り替えていく転換期だが、ポップシーンにおいては、グラミー賞の選考期間が8月末までということもあってなのか、新たな幕開けを告げるような作品が生まれる機会が多い時期でもある。それは、今回ピックアップした5つの楽曲についても同様であり、どの楽曲も年末から来年にかけてのムードを決める大きなきっかけになるのではないかと期待することができる。「brat summer」は終わったが、ポップミュージックの興奮が止まることはない。

The Weeknd「Dancing In The Flames」(9月13日リリース)

The Weeknd - Dancing In The Flames (Official Music Video)

 近年はガザ地区への積極的な支援でも知られているThe Weeknd。近日発売予定のニューアルバム『Hurry Up Tomorrow』をもって『After Hours』(2020年)、『Dawn FM』(2022年)と続いた三部作に幕を下ろし、さらにはThe Weeknd名義によるプロジェクトの終焉についても示唆している彼だが、今回発表された「Dancing In The Flames」は、まさに最終章の序章ということになるのだろう。

 きらびやかで懐かしい音色のシンセサイザーが彩るアップリフティングな本楽曲は、一聴するとポップサイドのThe Weekndが存分に発揮されているように感じられる。だが、そのリリックは刹那的なドライブを楽しみながらも、事故を示唆しているような不穏なものであり、MVの最後は救急車で運ばれていくThe Weekndの姿で締めくくられる。前作『Dawn FM』では煉獄をテーマに、自らの死を目前にしたThe Weekndの姿が描かれていたが、まさに燃え盛る炎の中で笑顔を浮かべながら踊る「Dancing In The Flames」における彼の姿は、あの頃よりもずっと死に近づき、それを受け入れる覚悟を決めたかのように思える。これまでの作品で逃避を繰り返してきたThe Weekndは、いよいよ後戻りすることができない場所へと辿り着いたのかもしれない。

Tate McRae「It's ok I'm ok」(9月13日リリース)

Tate McRae - It's ok I'm ok (Official Video)

 「greedy」、「exes」の大ヒットによって一躍ポップシーンのフロントランナーへと躍り出たテイト・マクレー。現在は10月の来日公演を含む最新作『Think Later』のワールドツアーの真っ最中だが、早くも約10カ月ぶりとなる新曲が登場した。ダンス映えする引き締まったポップサウンドをバックに、元カレの新恋人に対して〈It's okay, I'm okay, I don't really gotta say. It's okay, you can have him anyway.(心配しないで。大丈夫。これ以上なにか言うつもりもないし。安心して。とにかく彼を手にして。)〉と繰り返す(全然大丈夫じゃなさそうな)フックが印象的な本楽曲は、やはり彼女らしいキャッチーな魅力が詰まった見事な仕上がりで、TikTokなどでのバイラルヒットにも期待のかかるところだ。

 とはいえ、この曲について紹介するのであれば、なんといってもMVに触れなければ話にならないだろう。テイトの魅力でもあるダンスシーンをふんだんに盛り込みつつ、「I♡ME」と書かれたタンクトップを着用してストリートを練り歩いたり、警察にほぼ全裸で逮捕されるシーンが強烈なインパクトを与える今回のMVは、まさしく名声を謳歌するものであると同時に、MV史に燦然と輝くブリトニー・スピアーズの作品群を彷彿とさせる。テイトとブリトニーといえば、先日の『2024MTVビデオ・ミュージック・アワード』に登場した際にも、ブリトニーが2001年の同アワードで着用していたルックを再現したことで話題となっていたように、テイトにとっての最大の影響源の一つに他ならない。ブレイクによって得た影響力を惜しみなくブリトニーへのリスペクトに捧げるテイトの姿は、まさにポップミュージックの美しい循環だ。

Bon Iver「S P E Y S I D E」(9月20日リリース)

Bon Iver - S P E Y S I D E (Official Video)

 テイラー・スウィフトやThe Nationalとの共演を挟みつつ、単独作品としては約5年ぶりとなる新作EP『SABLE』を10月18日にリリースすることをアナウンスしたBon Iver。2020年から2023年にかけて制作された3つの楽曲を収録した同作品は、Bon Iverというジャスティン・ヴァーノンがこれまでに築き上げてきたプロジェクトを解体し、元来持っていた要素に焦点を当てたものであるという。その言葉を裏付けるように、先行楽曲として発表された「S P E Y S I D E」は、これまでの複雑に作り込まれた作風からは明確に距離を置いた、声とギターを中心としたフォークソングとなっている。

 一つのメロディを反復しながら、これまでに自身が傷つけてしまった人々に対する謝罪の想いを歌い上げるジャスティンの姿は、素朴で親しみやすい印象を与えると同時に、あまりにも繊細で脆い質感に満ちており、剥き出しになったBon Iverという存在の凄みを改めて思い知らされる。それは、(おそらく本人はまったく意図していなかっただろうが)近年のポップシーンにおけるカントリーやフォークのムーブメントとも呼応しており、『COWBOY CARTER』におけるビヨンセがそうであったように、本作もまた、フォークというジャンル自体に対して、その本質を突きつけているように感じられる。

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