Nulbarichが活動休止前に贈る至高のアルバム『CLOSE A CHAPTER』 Jeremy Quartusとして“繋ぐ”想いを語る
Nulbarichが活動休止前最後のオリジナルアルバム『CLOSE A CHAPTER』をリリースした。「初期の頃を思い出しながら制作した」という新作で、実にこのバンドらしい冒険心と遊び心を持った音楽になっている。小気味いいエイトビートに乗せて希望を歌う「Believe It」、R&Bを意識して制作したというドリーミーな音色の「Don't Waste It On Me」、そしてUKガラージからの影響を過去最速のBPMで仕上げた「Liberation」など、「一旦しゃがむ」(=活動休止)ことを発表したNulbarichではあるが、相変わらず伸び伸びと新風を取り入れていく姿が頼もしい。mabanuaが作曲した2曲(「遊園」「Mirror Maze」)も新鮮で、やはり彼らは最後まで自身らの音楽を更新していくのである。
本稿ではNulbarichのこれまでとこれからを繋ぐ架け橋としても特別な意味を持つであろう本作について、JQに話を聞いた。(黒田隆太朗)
原点回帰と理想のポップスへの挑戦
ーー今作『CLOSE A CHAPTER』は総じて肩の力が抜けている印象です。しっとりとした質感で、広い舞台よりもパーソナルな場所で鳴っているような音楽だと感じますし、少しソロ作的なニュアンスが入っているようにも思いました。ご自身では本作をどんな作品だと位置付けますか。
JQ:初期と同じような気持ちで作ったというか、割と原点回帰の部分もありつつ、8年間の活動を経て作る“理想のポップス”みたいなイメージでした。僕たちってブルース、R&B、ヒップホップとか、そういう風に自分たちで名前をつけてやってきたバンドじゃなくて、どんなジャンルでも自分たちに落とし込んで、僕たちなりのポップスに消化していくというコンセプトがなんとなく自分の中にあったんですよね。
ーーつまり、ここで改めて自分たちなりのポップスを作ろうとしたと。
JQ:Nulbarichというものを俯瞰で見て、今Nulbarichがどういうアルバムを世の中に落としたら、1人のリスナーとして興奮するんだろうって考えました。そうすると、このくらいポップス要素に溢れてて、なおかつ「この感じ、Nulbarichしか持ってないよね!」というところにフォーカスしたいと思ったんですよね。僕らはあまり準備が整っていない状態でデビューして、お客さんもNulbarichというものに対してわけもわからないという感じだったし、僕らも自分達のことをどう説明していいかわからないという、そういう状態が大体2年間ぐらいあって。いまだに僕がJQという名前なのか、Nulbarichなのかわかっていない人が結構いるだろうし、謎のバンドじゃないですか。
ーー特に初期は覆面バンドのようなイメージを抱かれていましたしね。
JQ:そんな中でバーっと駆け抜けて、でも唯一の武器であるライブというものがコロナ禍で失われてしまった。そういうストーリーを通ってきたNulbarichが活動休止前にどんなアルバムを出すんだろうと想像したら、アンチポップになっている可能性もあるし、超凝り固まってひとつのジャンルに絞ったコンセプチュアルなアルバムを作ることもできたと思うんです。というのも、やっぱり僕はこっちには振り切りづらいと思っているから。
ーー「こっち」というのは、「ポップ」な方に?
JQ:そうです。カッコつけて終わりたいから。でも、十分この曲たちでそれができていると思った。こんなポップ、誰もやってこなかったでしょ? みたいな気持ちで今作を出しているし、それは初期衝動で作った1stアルバム『Guess Who?』もそうだったんですよね。これがポップスのチャートに入ってたらおもろくない? みたいな。「これで日本変わるっしょ」ぐらいに当時は思っていたから。僕は「日本のポップス業界にこんなのがいたらいいのに」とか思ってた人間なので、隙間産業として最高の曲を作るというか、自分たちのスタイルがどうというよりも、“今ないものを出す”っていう気持ちがあった。初期は本当にそういうことを思っていて、それをフルスイングでやっていた頃を思い出しながら今回のアルバムを作りました。
「ポップミュージックは“オールスター”」(JQ)
ーー『Guess Who?』をリリースした時に行ったインタビューで、私はJQさんに「好きなアルバムを3枚挙げてください」と聞いたんですよ。
JQ:僕の初インタビューですね(笑)。
ーーそうしたら、JQさんはJAY-Z「Empire State Of Mind (feat. Alicia Keys)」と、N.E.R.Dの『Seeing Sounds』を挙げたんです。前者は王道感に衝撃を受けたと言っていて、後者は出た当時異色なものとして受け取られたのに、時代を経る内にスタンダードになっていったところに感銘を受けたというようなことを言っていて。“今ないものを出す”というスタンスは、そうしたルーツにも通じているように思いました。
JQ:今でも衝撃を受けたアルバムを挙げるなら、きっと『Seeing Sounds』になると思う。ティンバランドとかThe Neptunes(ファレル・ウイリアムスとチャド・ヒューゴによるプロデューサーチーム)が流行ってきて、なんとなくそういう音がかっこいいという耳にはなっていたんですけど、N.E.R.Dのバンドサウンドでこの質感は一体何?みたいな。なのに聴けば聴くほどかっこいいし、外で話してみたらみんなもそう思っていて。やっぱり僕はファレルという人間に凄く憧れを持っていましたね。で、アリシアとJAY-Zの「Empire State Of Mind」に関しては、ヒップホップ業界の中でこっちはウェッサイ、こっちはサウスみたいな、ニューヨークのヒップホップをLAのクラブでかけようもんなら怒られるみたいな中で、あの曲のイントロが流れた瞬間にLAでも全員が手を上げちゃうパワーがあった。それこそジャンルを超えたアンセムですよね。で、僕はコアに振り切って没頭したというよりは、環境作りを意識してきたというか。曲を聴くんじゃなくて、そういう曲が流れる場所に行っていました。
ーー空間の方が大事だと。
JQ:そうですね。そこでJamiroquaiが流れたり、朝方になるとMaroon 5の「Sunday Morning」が流れたりして、みんなが歌うんですよ。コアな音楽とポップなものが同じ環境で鳴ってたというか、やっぱりDJってそういうところがありますよね。こんな曲あるんだぜ! って掘ってきた曲をかけつつ、起爆剤としてみんなが踊れる曲も持ってきたりして。日本でもすごくコアな曲を流しているところに、いつの間にかSweetboxの「Everything's Gonna Be Alright」が流れていて、よくわかんないけどみんな聴いたことあるから歌っちゃうみたいな。そしてどんな人でも歌って幸せになるっていう、その環境の美しさを見てきてるから。その両極端を僕は育ちとして持ってる気がします。
ーーなるほど。
JQ:で、僕からするとポップミュージックは“オールスター”なんです。R&Bというジャンルの1位とヒップホップの1位が同じチャートの中で争う場所なので、ジャンルを超えてこないといけないし、それを超えてこそ初めてポップスだと言えると思うんです。だから、ポップスって結構褒め言葉というか。
ーー冠なんですね。そして自分もそういう音楽をやりたいと。
JQ:そうっすね。Nulbarichを始めた時から、メンバー個々のバックボーンはあるんですけど、バンドを支えたバックボーンというものはないんです。Nulbarich自体がポピュラー性を勝ち取ってきたメンバーで構成されているというか、ジャズ出身のやつ、オルガン出身のやつ、フォーク出身のやつという風に、いろんなジャンルからメンバーを集めていて、そういう意味では僕たちの演奏はいい意味でごちゃついてる。それこそがNulbarichだなと思うんです。だから今作はポップスを目指したというか、初期の時と同じような感じで作りましたね。