成底ゆう子「島で生まれたからこそ私は歌うようになった」 沖縄の島で育った誇りを胸に恩返し
初めての沖縄本島でのライブ「私のできる恩返しは歌うこと」
ーー「光と風の島」も、普遍的な温かさがある曲だと思います。子守唄のような優しさが伝わってきますから。
成底:ハンモックで揺られている感じですね。作詞を保岡直樹さんにお願いしました。島の風景を感じられるメロディにしたくて、曲はすぐにできました。うちの父の軽トラに乗っているイメージです。「歩いた方が速いんじゃない?」っていうくらい遅いんですよ(笑)。
ーー穏やかな風景に連れて行ってくれる曲です。
成底:〈見えないけど きこえるよ/やさしい風が〉って、本当にそうなんですよ。今は東京で暮らしていますけど、目を閉じると島の風が聞こえてくるので。波の音、チャンプルーを作っている音、虫の声とかも聞こえてきます。
ーー幼少期に聴いていた音は、人の感性を育む上で大きいのかもしれないです。
成底:そうなんだと思います。歌詞を書いたり曲を作ったりする時にも、最初に浮かんでくるのは自然の音です。さとうきびを揺らす風の音、波の音、蝉やこおろぎの鳴き声とか、空間が見えるんです。地球に育まれて命が存在しているので、人間は自然の一部。私たちは地球というお母さんのお腹の中にいて、その歌声を聴いているというか。だから自然の音は聴いていると心地好くて、涙が出てきたり励まされたりするんだと思います。
ーー特に好きな自然の音はありますか?
成底:私は夏が大好きで、蝉の鳴く声が好きなんです。自分で録った蝉の声を冬とかに聴いてテンションを上げていますから。
ーー石垣島にいる蝉の種類は?
成底:クマゼミです。シャアシャア鳴いています。でも、鳴き声は大好きなんですけど触れません。「死んでいるかな?」って様子を窺うと、いきなり鳴いて羽根をバタバタするのは恐怖です(笑)。
ーー(笑)。「音(おん)がえし」も、島がモチーフですね。
成底:はい。9月21日に東京、9月23日に沖縄で開催するワンマンライブも『音(おん)がえし』ですけど、そのタイトルの方が先に決まっていて、曲も作ることになりました。9月23日は、初の沖縄本島でのワンマンライブなんです。「いつもありがとう。待っていてくれてありがとう。歌ってこられたのは、いつも応援してくださるみなさんのおかげです。私のできる恩返しは歌うことなので、何があっても歌い続けます」という想いを込めています。
ーー今の成底さんは「歌う」ということに迷いなく向き合えているんですね。
成底:何事もそうだと思うんですけど、「続ける」って難しくて大変なんです。だけど諦めたりやめたりするのは、いつでもできるじゃないですか? 迷いつつもやり続けたことで私はいろいろな方々と出会い、様々なご縁にも恵まれて、今でも作品のリリースをさせていただけるんです。私は「自分で見切りをつけてはいけない。自分で自分のことを諦めるのはやめよう」と思っています。今でも歌うことができている私を見て何かを感じていただけたらいいですね。「頑張れ」とは言わないですけど、「自分で自分に見切りをつけないでほしい」というのは思っています。
ーー〈制服のまま 防波堤に座って/海渡る貨物船を ずっと見つめてた〉という描写が印象的です。こういう学生生活だったんですか?
成底:はい。向こうの学生は学校帰りに防波堤に行って駄菓子とかを食べながらずっと船を眺めるんです。他愛もない恋話をしたり、「いつか絶対にこの島を出てやる」と言ったり(笑)。そんな感じでしたね。
「ダイナミック琉球」と本気で向き合い完成したアコースティックバージョン
ーー「赤瓦の家」は、ライブで既に披露している曲ですね。
成底:レコーディングの直前に歌詞がかなり変わった曲でもあります。「生きている歓び」を鮎川(めぐみ)さん、「光と風の島」を保岡(直樹)さんに作詞していただいた経験が言葉を引き出してくれたんです。赤瓦の家に住んでいたのは幼稚園に上がる前なので、もともとの歌詞はどちらかと言うとじぃじぃとばぁばぁを中心に展開していく物語でした。でも、それだと赤瓦の家ではなくてじぃじぃとばぁばぁの歌だなというのが、ずっと私の中にあったんですよね。
ーー鮎川さんと保岡さんの歌詞から学んだのは、どのようなことでした?
成底:一言で空気感や景色が見えるおふたりの歌詞が、私にとって衝撃だったんです。言葉が溢れてきて、私が言いたかった「赤瓦の家」がちゃんと出来上がりました。赤瓦の家に住んでいた2、3歳の頃に私はずっと憧れているというか、一番の幸せの形だった感覚があるんですよ。狭い畳の空間が食卓であり、寝床であり、すぐ手が届くところに家族がいたんです。あの時の記憶があるから、いつ思い出しても優しい気持ちになれるんですよね。絶対に忘れてはいけない風景です。赤瓦の家は取り壊されて、今はもうないんですけど、せめてこの歌の中だけでも再現したいなと思って作りました。
ーー歌い出しが〈てぃだに焼けた赤瓦〉ですが、「てぃだ」は沖縄の言葉で「太陽」ですね。
成底:はい。すごく古い赤瓦だったんです。思い出しますね。新しい瓦とは違って、焼けている感じがあったんです。
ーー三線とか鈴の音が鳴っていて、今作の中で最も沖縄の要素が入っている曲でもありますね。
成底:三線は、私が弾いています。めちゃくちゃ下手くそですけど。うちの父と母が聴いたら「なんであんたが弾いたかね?」って言うと思います(笑)。
ーー(笑)。「父」は、お父様への気持ちを描いた曲ですね。
成底:小さい頃は父が大好きで「抱っこ! 抱っこ!」とか言っていたくせに、思春期になったら急に目を合わさない、口もきかない(笑)。私は父とぶつかってばかりだったんです。というのも、うちの父は私が大好きすぎたんですよ。例えば、蟹を食べる時なんかは「ゆう子は手が汚れるから」と私の分だけ綺麗に剥いてくれたり。それを見た妹が、「なんでゆうちゃんだけ?」みたいな。あと、飲みに行ったら私の分だけお寿司を買ってきて、寝ている私を起こして食べさせたり。そういうのが嫌いだったんです。
ーー反発していた時期を経ての今の想いを描いたんですね。
成底:そうなんです。ずっと言えなかった気持ちを描きました。買ってくれた時計を捨てたのも本当の出来事です。多分、父はこのCDを聴いて初めて知ると思います(笑)。友だちには「そのまま歌詞で書くとお父さんが傷つくから違う言葉にした方がいいよ」と言われたんですけど、懺悔のつもりで剥き出しで書きました。
ーー〈おしゃれなカフェに連れていった 落ち着かない様子のあなた〉とか、父と娘の微笑ましいギクシャクとした様子が目に浮かびます。
成底:本当に落ち着きがないんですよ。石垣島にはジャズが流れているようなおしゃれなカフェなんてないので。訛りもすごいので周りから見られますし、気まずいから早めに店を出たんですけど、家電量販店の店先で売られている腕時計を見て、「お前も大人だから時計は持っていた方がいい」と言って買ってくれました。値段は1980円で、おじさんがはめるような茶色い時計だったので、「この人、本当にわかってない」と(笑)。母と妹には「本当に捨てたの⁉ あんたって!」と言われました。私も捨てたのはひどかったと後になって思ったんですけど、ずっと言えなかったです。リアルに描くのは恥ずかしいと思いつつ、自分を守っても聴いてくださるみなさんに届かないので剥き出しにしました。でも、父はこれを聴いてすごくへこむでしょうね(笑)。
ーー(笑)。ピアノを基調としたシンプルなサウンドが歌詞にとても合っていると思います。
成底:歌詞を書いている時に島のメロディにはまったくならなくて、イメージではEaglesです。〈いつもひとり〉と書きながら歌い始めて、そこからは早かったです。〈近づきたくて 近づけない あなたから 離れた〉とか、素直になれない感じを活かしたいというのも思っていましたね。
ーー「ダイナミック琉球」のアコースティックバージョンも本作に収録されていますが、ずっと歌ってきた曲ですよね。
成底:2011年にリリースした1stアルバム(『宝~TAKARA~』)でカバーをさせていただいたんですけど、インディーズの頃から歌っていました。もう十何年も歌ってきた「ダイナミック琉球」と改めて本気で向き合った時にどうなるんだろうと思ったんです。一回裸になってみたくて、「ピアノとハンドマイクで歌う私」という二人体制でワンマンライブでやってみたことがあるんですよね。
ーーどのような手応えがありました?
成底:リハーサルでは全然駄目だったんですけど、本番では集中することができて、すごく歌えたんです。初めて「ダイナミック琉球」が成底ゆう子を認めてくれた感覚がありました。この曲とちゃんと一つになれたというか。今回のアコースティックバージョンも、十何年も歌ってきた私だから表現できるものになっています。ぜひ聴いていただきたいですね。自分で言うのもなんですけど、めっちゃくちゃかっこいいです。
ーー今作のリリース後には、東京と沖縄でのワンマンライブが控えていますね。
成底:「待っていてくれてありがとう」という気持ちでいっぱいです。つらかったコロナの時期に応援してくださった沖縄のみなさんに生の歌声をお届けできるのも本当に嬉しいです。打合せをしながらいろいろな曲のアレンジを進めています。「生きている歓び」は、ダブルピアノでお届けしますし、他の曲も良い形で仕上げていきたいです。
■リリース情報
成底ゆう子『島心~しまぐくる~』
発売中
配信URL:https://king-records.lnk.to/8FdNk28hFA
価格:¥2,200(税込)
<収録曲>
1. 生きている歓び
2. 光と風の島
3. 音おんがえし〜この島に生まれて〜
4. ダイナミック琉球(Acoustic version)
5. 赤瓦の家
6. 父
7. 生きている歓び instrumental
8. 光と風の島 instrumental
9. 音おんがえし〜この島に生まれて〜 instrumental
■公演情報
『成底ゆう子 LIVE 2024 「音がえし」supported by 琉球海運』
開催日:2024年9月21日(土)開場17:30/開演18:00
会場:南青山MANDALA
開催日:2024年9月23日(月・祝)開場15:30/開演16:30
開場:那覇文化芸術劇場 なはーと 小劇場
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