天籠りのん×草野華余子、“何もない場所”から生み出す熱量 高難度の初オリジナル曲に至るまで
ソニーミュージック発のバーチャルタレント育成&マネジメントプロジェクト「VEE」に所属する、“歌うVTuber” 天籠りのん。歌枠配信などでVシンガーとしての活動を重ねてきた彼女が、初のオリジナル曲「虚無虚無です。」を7月31日にリリースした。作詞は田淵智也(UNISON SQUARE GARDEN)、作曲・サウンドプロデュース・ボーカルディレクションは草野華余子が担当した。今回は、そんな天籠と草野による対談インタビューを行い、天籠の活動を振り返りながら「虚無虚無です。」の制作秘話に迫った。VEE初の全体曲「絶対零度の世界から」の作曲・プロデュースも担った草野ならではの視点で、天籠独自の魅力が解き明かされていく過程もぜひ楽しんでほしい。(編集部)
「負けず嫌いなので、“歌えない”というのが嫌」(天籠)
――まずは天籠さんがVEEでの活動を始めたきっかけを教えてください。「歌うVTuber」「絶唱上等」を掲げていますが、もともと歌の活動をしたかったのですか?
天籠りのん(以下、天籠):はい。小さいときから歌とダンスを習っていたので、歌をずっと続けていけるような何かをやりたいと考えていて。その頃からVTuberにも興味はあったのですが、VTuberの活動は音楽一本というわけではないので、オーディションを受けるでもなく「どうしようかな?」と思っていたときに、ソニーミュージックさんがバーチャルタレントの育成プロジェクトを始められるということで、「ここでなら私がやりたいことができるかもしれない!」と思って、VEEでVシンガーとしての活動を始めました。
――どんな音楽を好んで聴いてきたのでしょうか。
天籠:アニソンやボカロが好きで、歌枠配信でもそういった楽曲を中心に歌っています。私は高音を張り上げて歌うのが好きなのですが、それはボカロの文化が好きで育ってきたからこそだと思います。
――歌において影響を受けたアーティスト、もしくは理想としているアーティスト像はありますか?
天籠:私はそういうのがあまりないタイプの人間で、「こういう風になりたい」という気持ちがあまり強くなくて。歌枠でもいろんな曲を歌ってみたくて、かわいい曲からかっこいい曲まで全部ごちゃまぜで歌っているんです。
――逆に言うと、いろんな歌を歌えるシンガーになりたい?
天籠:そうですね。何でも歌えるようになりたいと思って挑戦しています。
――それは天籠さんの性格に起因するものなのでしょうか。例えば、いろんなことをやってみたい気持ちが強いとか。
天籠:私は負けず嫌いなので、何かの楽曲があったとして、それを「歌えない」というのが嫌なんだと思います。「難しいから歌えない」「(音が)高いから歌えない」「(テンポが)速いから歌えない」というのを自分の中でよしとできないというか。それでいろいろな楽曲に挑んで歌っているうちに、雑食になったところがあります。
――一方、草野さんはVEEに所属するバーチャルタレント20名以上で歌う初の全体曲「絶対零度の世界から」の作曲・プロデュースを担当されていて、その曲に天籠さんも参加していました。
草野華余子(以下、草野):そもそも、VEEのプロデューサーの(渡辺)タスクは、私が以前お世話になっていた事務所(ウルトラシープ)で一緒だった仲で、VEEのことも構想の段階から軽く話を聞いていたんです。なので全体曲の話をもらったときは「やっと頼んでくれたか!」という感じで(笑)。VEEに関して遠慮なく話すと、今はまだ飛び抜けて目立っているタレントがいないという意味でも、これからのチームだと感じていて。その中でVEE側からの「いつの時代でも変わらず聴ける強いメロディの楽曲を作ってほしい」という発注を受けて、ポップスとしてしっかりとした軸のあるアンセムとなり得る楽曲を目指して、作詞にヒグチアイ(樋口愛)ちゃん、編曲にウルトラシープでも一緒だった堀江晶太くんという私の盟友2人に声をかけて制作したのが「絶対零度の世界から」でした。りのんちゃんとはそのレコーディングのときに初めて会ったのですが、その段階では挨拶と軽く雑談をしたくらいで、パーソナルなところまで話はできなくて。
天籠:私はそれがオリジナル曲をレコーディングする初めてのタイミングだったので、かなり緊張していたのですが、華余子さんはすごくフレンドリーにディレクションしてくださって。ご自身も歌をやられる方というのもあって、とてもわかりやすく指示をしてくださるので、「これは本当に貴重な体験だ……!」と噛み締めながら歌っていたのをよく覚えています。
草野:レコーディング中に私がトークバックでガイド用に歌ってみせると、私の生歌を聴けたことを喜んでくれたみたいで「ああ……!」みたいな反応をしてくれたんですけど、「いや、お前が歌うねん!」っていう(笑)。
天籠:公私混同してしまってすみません(笑)。
草野:りのんちゃんとは、そのときから和気あいあいとやり取りさせてもらっていたので、今回、ソロのオリジナル曲を作らせてもらうとなったときもイメージしやすかったです。
「“何でも歌う”ならば超絶難しい歌詞と楽曲に」(草野)
――草野さんは「絶対零度の世界から」のレコーディングに立ち会われたとき、天籠さんの歌にどんな印象を持ちましたか?
草野:声に張りがあって抜けもいいし、ピッチ感もリズムも言った通りにすぐ修正できるので、反応が速い優等生タイプのボーカリストだと感じました。彼女自身の歌を大切にしているメンタルがそのまま歌に出ていて、「私は歌を生業にしたい!」という真っ直ぐな意志の強さも感じるのですが、逆に言うと、何かを伝えたくてアーティストを目指しているのではなくて、純真無垢に歌が歌いたいだけなんだなとも思って。
天籠:そうなんです……。
草野:もちろん悪い意味ではないんですけど。これは世代の差なのかわからないですが、私たち世代のバンドマンは「これをやりたい!」という人が多かったのですが、今どきの若い人に楽曲を提供するときは「思うようにしていただければ」と言われることが多くて。曲を作る側としては「どないすればいいねん! もう少しなんかヒントくれ!」ってなるんですよね(笑)。だから最近は提供させていただくアーティストさんに質問状を送るようにしていて。今回、りのんちゃんの場合は、まず密にお話をさせていただいた上で制作したのですが、その打ち合わせの段階から田淵(智也)さんにも参加してもらったんです。
天籠:私としても、アーティストの方というのは何か伝えたいことやメッセージがあるイメージが強かったので、「私、そういうのがないんだよなあ」ということをお二人にお伝えしていいのか、すごく迷って……。
草野:そうそう。りのんちゃんも最初は何とか考え出そうとしていたんですけど、結局「すみません、私、何もないです……」って(笑)。それで田淵さんと私は「歌いたいことが何もないのであればそれでOK!」「何でも歌うと言うのであれば超絶難しい歌詞と超絶難しい楽曲を作ってやんよ!」というモードになったんですよね。
天籠:お二人が「何もなくていいし、それは何でもいいということでしょ」ってポジティブに返してくださったのが嬉しかったし、すごくワクワクしました。それとVEEにはYouTubeの登録者数に応じたご褒美制度があって、今回のオリジナル楽曲はその達成報酬として制作が決まったものなので、VEEの方から「みんなに感謝を伝える楽曲」というアイデアもいただいたのですが、ファンのみんなはきっと「この1曲をきっかけに天籠りのんのことをもっとたくさんの人に知ってほしいし、かち込んでいってほしい!」と思ってくれているはずなので、攻撃的な楽曲というテーマが浮かんできて。なので私からも「めちゃくちゃにお願いします!」とお伝えしました(笑)。
草野:今回提供した「虚無虚無です。」は、生で歌える人間はなかなかいない難易度の楽曲だと思うんですよ。でも、りのんちゃんはいろんな楽曲を歌ってきた人なので、与えられたものは絶対に打ち返してくるんです。この曲、サビの折り返しで息継ぎを作るためにコーラスセクションを入れた箇所があるのですが、そこ以外はサビもツルッと一本で録っているんですよ。最近はブロックごとや単語ごとに録音する人が多くて、昭和生まれの私からしたら「ライブでどないすんねん?」と思うんですけど。
天籠:(笑)。
草野:でも、りのんちゃんは自分で録ってきたデモの段階から、歌で生きていく覚悟を感じるくらいのクオリティに仕上げてくれて。彼女がこれまでやってきたことの蓄積と厚みを感じました。
草野のアドバイスで“表情や空間”を意識した歌唱へ
――草野さんは、田淵さんも交えたその打ち合わせを踏まえて、どのような流れで楽曲を制作したのでしょうか。
草野:そもそもりのんちゃんからは、不良少女というキャラクターや、服の袖に「寝不足上等」と書かれているところを含めて、どこか怒っている感じというか、現状を打破したい意志、歌で下剋上していきたい気持ちのようなものを感じていて。であれば、ブチギレている感じがいいだろうなと思いながらメロディを書いて、田淵さんにメロディとピアノだけのデモを送るときに「爆ギレしてる感じになりました」と伝えたら、田淵さんもメロディから怒りのニュアンスを受け取ってくれたみたいで、最初の段階から私がメロディで表現したことと田淵さんの歌詞はかなり整合性の取れているものになったんですね。そこから私が「ここはグーパンチで一発殴ったくらいになっているので、アッパーで鼻から血を吹き出すくらいの打撃に変えてください」みたいな感じで、より「私は今怒っているんだ!」というのが伝わるように調整してもらいました。
――編曲はcadodeのebaさんが担当されています。
草野:私の周りにはロックなアレンジが得意な人はたくさんいるのですが、ebaくんはアカデミックな面があるのに、勢いが必要な部分では知性を通すことなく派手な音を入れてくれるので、言葉遊びがたくさん入った歌詞やメロディとの相性も含めて、きっとおもしろさと統一感が出ると思ったんですよね。実際に私たちクリエイター陣としてもすごく満足のいく楽曲に仕上がりましたし、「この曲をよく歌ってくれたよね」ということで、ボーカルが前に出たミックスにさせてもらって。達成感のある楽曲になりました。
――超アップテンポでラップやデスボイス風のパートも盛り込まれた、かなりハイカロリーな楽曲になっていますが、天籠さんは楽曲を受け取ったときにどんな印象を受けましたか?
天籠:難しそうって思いました(笑)。まず思ったのは「うわっ! デスボイスがある……ヤバい!」ということで。かっこいいなと思いつつ、これは頑張らなくてはいけないなって思いました。
――先ほどの草野さんのお話によると、天籠さんが自分で録ったデモの段階からしっかりと歌い込まれていたということですが、その段階から自分の中で歌のイメージを組み立てていたのでしょうか。
天籠:そうですね。私はこれまでにいろんな楽曲をカバーする作業をたくさんやってきたので、「ここはこういう風に歌おうかな」というのがたくさん湧いてきて。そもそも「デモを送る」という作業には、歌い方や表現を事前に擦り合わせる意図があると思ったので、自分としてはどう歌おうと思っているのかをできるだけお伝えできるように録りました。
草野:私はシンガーとして20年近く活動していて(歌い手としての)キャラクターが濃いので、私の仮歌が入っているとそれに引きずられて「草野華余子のモノマネ」みたいになることが多いんですよね。なので今回、私は仮歌を入れなくて、りのんちゃんには田淵さんが送ってくださった「言葉だけを乗せたデモ」を渡した上でデモを歌ってもらいました。その100%彼女の表現のデモを聴いて思ったのは、全部同じ表情で歌ってしまっているということで。なのでレコーディング当日は、歌の表情のつけ方や空間のコントロールの話をさせてもらいました。特に「声を上に伸ばすのではなく横に広げる感じ、面で出すイメージで歌おう」という話を何度もして。
天籠:面の話は私もよく覚えています。「力んだときに声がこもりがちになってしまうので、もっと広いイメージで歌いましょう」ということを10分に1回くらい言ってもらって(苦笑)。その日からずっとそこを意識して歌うようになりました。
草野:細い声で「怒ってるよ」と言われても伝わってこないですから。この曲では「何言っとんねんボケ!」くらいの音の横幅がほしかったんですよね(笑)。なので実際に手を横に伸ばしてもらったり、教室の向こうから友達が入ってきたときに「おーい!」って声をかけるくらいの大声をイメージしながら歌ってもらって。仮歌もすごくよかったけど、さらに表現の引き出しが増えたんじゃないかと思います。
天籠:これまでも1曲の中でいろんな声の表現をする楽曲に挑戦したことはあったのですが、今回のレコーディングで草野さんに指導してもらいながら歌うことで、「このくらい強調して歌ったほうがいいんだな」ということを理解できて、今後もっと取り入れていきたいと思いました。今まで自分は歌声に関してあまり濃いキャラクターがないと思っていたのですが、このレコーディングを経て視野が広がって、もっといろいろな表現ができるようになりたいですし、今後は精度を上げて種類も増やしていきたいなと思いました。