「音楽で壁を取り払いたい」 三上ちさこ18年ぶりの新バンド sayuras、“もがく大人のかっこよさ”

sayuras、“もがく大人のかっこよさ”

「ナイン」で示した大人の意思表明

――では西川さんのギターに対してはいかがですか。

三上:溺れたい(笑)。それくらい信頼しているし、西川さんの音を愛しています。

平里:西川さんの音って、どれもすごくスピード感がある印象なんですよね。それでいて表現力の幅もかなり広い。「このギターと言えば西川さん」っていう唯一の人として認識しています。一緒に演奏する上では、どっしりした曲でもそのスピード感を損ないたくないなと思っていて。

――なるほど。西川さんは椎名林檎さん、阿部真央さん、大塚愛さんなど、さまざまな女性シンガーの作品やライブでギターを弾かれていると思いますが、そんな西川さんから見た三上さんの魅力ってどんなところでしょう?

西川:一見ナチュラルに見えて、ただ佇んでいるだけじゃないというか……その向こう側にすごく深いものがあるような気がするんです。

三上:西川さんこそ外見的には穏やかそうじゃないですか。でも実は……というすごい引き出しがありますよね。

西川:普段めちゃくちゃ冷静なところもあるんですけど、その冷静さをひっくり返したような部分がライブで出てきているのかも。三上さんも似ているなと思うことがありますけどね。「感情の赴くままにいた方がよかった」と思う日々の繰り返しですし、スタジオミュージシャンをやっていたときに「もっと違う弾き方や表現がないのか」と思い始めて、そればかり意識していたらいつの間にかこんなギターになったという感じです。

西川進
西川進

――そんな西川さんは、今作でギターという点で特に思い入れがあるのはどの曲でしょう?

西川:「ナイン」ですかね。〈這い上がれ〉というキーワードがあるし、このバンドのことであり、自分自身のことでもあるという気持ちでした。危うさと強さを表現するためにどうすればいいのか、いろいろ考えましたし、知らず知らずのうちに歌詞の世界にインスパイアされていたんだなと思います。

三上:西川さん、夢日記とかつけてますよね? 言葉の人というイメージが拭えなくて。

西川:つけてますね。作家さんに憧れていて、本とかの世界がすごく好きで。言葉は音楽と直接関わってくるんだなと思っています。

ーーその「ナイン」は、最後の語りの歌詞〈その心の声に 正直であれ〉という三上さんがずっと大事にされてきた想いを、今一度sayurasの音でしっかり鳴らすことに重きが置かれた曲なのかなと思いました。

三上:そうですね。このバンドで最初に出す曲は「ナイン」以外考えられなくて。始まりのイメージだったんです。西川さんがアレンジしてくださったんですけど、私の想像をはるかに上回るような、大きなステージでやっている自分たちを想定した音になっていて。そうやってアレンジしてくれたから、私も期待に応えられるように頑張ろうと思えるし、心が弱くなったときの励みであり、sayurasの原点になり得る曲だと思います。

【MV】ナイン -nine- / sayuras (Official Music Video)

――そもそも三上さんがsayurasで最初に伝えたかったのはどんなことだったんでしょう?

三上:私たち、若くないじゃないですか。だけど「ここから始めるんだ」という意思表明こそが、一番伝えたかったことですね。イチからもがいて、あがいてる大人がここにいるぞっていうことを示したかったんです。

――バンドを一度解散して、音楽活動から離れていた時期を経てシンガー活動を再開し、もう一度念願だったバンドを組むという、三上さんのキャリア自体が物語的だと思うんですけど、ご自身の生き方が「ナイン」の説得力を高めているという感覚もありますか。

三上:結果的にはそうなりますよね。なかなか自分と同じようなことをしている人は見つけられないけど、こうやって意思表明をしていれば出会える気がしているし、実際に出会ってもいて。いろんなキャリアを経て今歌ってるんだよってことが、誰かにとっての希望になるかもしれない。そうなると人生に広がりも出てくるんじゃないかなと思っています。

【MV】RTA / sayuras(Official Music Video)

レイジ×The Beatles×ボンゾの絶妙なバランス感覚

――EPにはスピード感のある曲とゆったり聴かせる曲、どちらも入っていますよね。〈這い上がれ〉(「ナイン」)や〈向かって逝け!〉(「RTA」)のような力強い言葉だけでは掬い取れないかもしれない孤独に対して、ちゃんと「揺れる」や「KYOKAI」で語りかけているのもいいなと思いました。

三上:ありがとうございます。このEPで、個人的に一番好きなのが「揺れる」で。大人になるとかっこつけちゃうし、いろんなものが覆い被さって本心が見えづらくなっちゃうけれど、根本は不安だし、欠けているし、全然ダメで弱い自分がいるのは変わらない。それがこの曲には出ていると思っていて、メンバーみんなの演奏がそれを引き出してくれている気がする。根岸さんがアレンジを考えてくれたんですけど、シンプルな分、すごく人間力が出る曲ですよね。

西川:実は、根岸さんが考えた「揺れる」のギターオーケストレーション、ものすごく奥深いんですよ。譜面に起こしてみると、弦楽四重奏の方とかから「この音間違ってるじゃん」「コードと違うじゃん」って言われそうなアレンジなんですけど、それがむしろ効果的で、触ったら壊れそうな危うい気持ちを表現しているなと思います。たぶん、わかる人にはわかるオーケストレーションになっていると思うので、ぜひ聴いてみてほしいです。

根岸:「揺れる」をアレンジするとき、押さえている弦が少ないギターをいっぱい聴かせるというイメージはありましたけど、結局「これは気持ちよくないからやめた」「こっちでいいじゃん!」みたいな感じで決めていったので、オーケストレーションを先に想定してたわけじゃなかったんです。悩んだら終わりだと思っていたから、一晩でやり切りました(笑)。というのも、今さらながらボブ・ディランの『ローリング・サンダー・レヴュー(The Bootleg Series Vol.5 : Bob Dylan Live 1975, The Rolling Thunder Revue)』にめちゃくちゃハマってるんですよ。ディランは頭がいいのに、勢いだけで聴かせちゃうのはすごいなと。だから僕が今やりたいのも、がむしゃらなんです。「もともと馬鹿なんだから頭のいい風にしてんじゃねぇよ、俺」とか思ったりしつつ、ディラン(の映像)を観ながら「本当に頭がよくないとあそこまで馬鹿になれないのかなぁ」とかも考えていました(笑)。

――2曲目の「ウェルカムトゥブレインワールド」はすごくレッチリ(Red Hot Chili Peppers)感のある始まりから、終盤で中期The Beatlesっぽくなるじゃないですか。今のお話を聞くと、勢い担当の曲でありつつ、クレバーなバランスも感じさせますよね。

根岸:三上さんからこの曲を渡されたとき、アジア感というか、インドっぽい音がほしいと言われて。なので言ってもらった通り、最後はThe Beatles全開でやってやろうと思ってました。「ジョージ(・ハリスン)先生降りてこい!」という感じ。ベースラインもあえてそっちの音階で弾こうと決めていて。歌がラップ調になっていて、今レッチリと言っていただきましたけど、僕の中でのイメージはRage Against the Machine。ザック・デ・ラ・ロッチャが大好きなので。レイジってギタリスト(トム・モレロ)も独特じゃないですか。こっちには西川進がいるので、ご自由に弾いてもらおうと。

西川:でも難しかったですよ(笑)。

根岸:もともとブルーススケールであまり弾かないもんね。

西川:そうですね。なので弾いていて新鮮でした。

平里修一
平里修一

――平里さんはいかがでしたか。

平里:ドラムの音色に関しては、根岸さんからボンゾ(Led Zeppelinのジョン・ボーナム)っぽくというイメージの共有があって。僕もボンゾのドラムをコピーしたことがあるし、ドラマーなら誰もが一度や二度はああいう音を出してみたいと思うだろうけど、今回はそこに寄りすぎないようにっていうのも意識していました。音色も2周くらい回って今の感じになったので、実は録るのに一番時間がかかった曲ですね。

根岸:最初は「もっとボンゾに!」と言ってたんですけど、やっているうちにボンゾ度を上げすぎるとちょっと違うなと。僕がドラムのサウンドにこだわりすぎちゃったこともあって、それで時間がかかって。

平里:ボンゾに近づけては外して……みたいなことをずっとやっていましたよね。

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