「音楽で壁を取り払いたい」 三上ちさこ18年ぶりの新バンド sayuras、“もがく大人のかっこよさ”
「過去を越えて“今が最高だ”と言える状況を、このメンバーと作りたい」
――歌詞の話も聞かせてください。先ほどアレンジの話も出た「揺れる」は、〈ゆるし方を忘れたならここにおいでよ/私たちがひとつだったころに、かえろう。〉という結びの歌詞がすごくよくて。「ひとつになろう」ではなくて〈かえろう〉にしたのはどうしてですか。
三上:それが真実だから。普段生きているときは別々の個体だから、どうしても壁ができちゃうし、話していてもかっこつけたり取り繕っちゃうことがほとんどだけど、なぜ音楽をやっているのかと言えば、その壁を取り払いたいからなんです。太古の記憶というか、もともと自分のDNAが持っている、“生きとし生ける者は全部1つだった”瞬間に少しでも帰ることができたら、今日を乗り越えていけるんじゃないかって思うんですよね。
デモの段階では、〈かえろう。〉の後に雑踏の音を入れていたんです。音楽を聴いていても結局は日常に戻るわけだから、曲が終わってイヤホンを外して、また雑踏の中を歩いていくような刹那的なイメージがありました。ライブでも実際にそう感じてもらえたらいいな。私の音楽は日常に繋がっていてほしいと思っているので。
――それは「KYOKAI」を聴いても感じました。〈理想と現実が違いすぎてて/笑っちゃうけど/それもまたいいよね〉という歌詞は思い通りにいかない日常と地続きでありながら、それを乗り越えていく強さを感じさせるし、「夢を叶えていこう」じゃなくて〈夢を育てていこう〉と歌われているのも素晴らしくて。もともと思い描いていた夢を叶えていくことだけが人生じゃないし、挫折も新しい光になってまた歩み直せることを、日常と照らし合わせながら一つひとつ解きほぐすような歌詞になっていますよね。「KYOKAI」は本当にすごいなと思ったんです。
三上:そう受け止めてもらえて嬉しいです! そうなんですよね、「叶えていこう」とは絶対に言えなくて。だって叶わないことがほとんどじゃないですか。必ずしも大きな夢じゃなくても、今の自分よりちょっとだけ高いところに目標を置いて、それを叶えるために全力で頑張っていく日々が幸せだなと思う。誰も取りこぼしたくないし置いていきたくないからこそ、それが育って実現していく喜びを共有していきたいと思っています。
――直近の記事でも書いたんですけど(※1)、自分は「KYOKAI」の中に「青白い月」(fra-foa)を強く感じていて。〈沈んでも 月になって 浮かぼう〉〈好きな蒼で世界を染めるよ〉といった歌詞があることももちろんなんですけど、「KYOKAI」は〈星になっても/見てるよ〉で締め括られるじゃないですか。“星=見守ってくれるもの”というのは、まさに「青白い月」で歌われていたことだなって。でも未来をしっかり見つめる歌になっているのは「青白い月」とのいい意味での違いだなとも思ったりしたんです。
三上:それ、信太さん(インタビュアー)に言われて初めて気づきました! 言われてみると、「青白い月」の最後に〈三つ葉で編んだ/春の首飾りを/かけてあげるでしょう〉という歌詞があるんですけど、それと「KYOKAI」の〈夕暮れ 暗くなる前に/手を振り ペダルを漕いでいた〉という歌詞は、同じ瞬間のことを歌っているなと思いました。小学生の頃の、友達と遊んだ帰り道の記憶とか、星を見上げながら帰ったなっていう思い出とか。確かに繋がってますね。すごい!
――自分が「青白い月」を好きすぎるからっていうのもあるんですけどね(笑)。過去があるからこそ未来を見れるんだってことを今の三上さんが実感しているから、そういう原風景が溢れ出た歌詞になっているのかなと思いました。
三上:そうですね。最近になってようやく、「過去のことも自分です」と堂々と言えるようになったので。以前は過去の自分を頼って武器にするのはズルいのかなと思っていたんですけど、昔の曲もライブでやるようになったことで、ずっとfra-foaを好きで聴き続けてくれていた人とまた繋がれるのは嬉しいし、fra-foaの曲にリスペクトを持って弾いてくれる今のメンバーのことも大好きなんです。過去の自分を大事にしつつ、過去を越えて「今が最高だ」と言える状況を、このメンバーと一緒に作っていきたいです。
sayurasとして掲げる野望
――今このタイミングでsayurasが始動した理由がわかった気がしました。ではお一人ずつ、sayurasのメンバーとしての野望を伺いたいです。
西川:僕はsayurasという語感が好きで、それを表現できるようなバンドになれればいいなと思います。「わーい」とか「ドーン」という感じでもなく、「懐かしい」とか「頑張ろう」っていう感じでもない。ただ、そのどれもが入っている独特な感じをsayurasで表現したいですね。
平里:こうして一緒に音を出したり、作品を作る機会が増えたことで、人前でもっとライブをする瞬間が増えていったら幸せです。その先でどうなるのかが楽しみだし、お客さんにもそれを楽しんでもらえたらいいなと思いますね。
――根岸さんはいかがですか。
根岸:僕は「KYOKAI」がイチオシなんですけど、〈今日をゆるしていこう〉という歌詞が今の僕の目標です。今日をゆるせる演奏をいつもしていたい……。もともとネガティブ野郎なので、sayurasをやっていなかったら、もっと変なバンドを始めてたかもしれないって思うくらいなんですよ(笑)。EPを作り終わってこうして歌詞を見てみると、三上さんがバンドやろうと言ってきたのは必然だったのかなと思ったり。
平里:またネガティブになってる(笑)。でも、根岸さんは「これが好き!」とか「楽しい!」っていう瞬間の頂点がめちゃくちゃ高いですよね。それがベースを弾いているときに出ていると思うんです。
根岸:そうかもね。さっき言ったボブ・ディランの映画を観た翌日、沖縄の三線の方と2人で演奏したんですけど、もう勢いがすごかったんですよ。三線を弾いて歌う方って地謡(じかた)と呼ぶんですけど、地謡の人たちって三線だけ止めて歌うことができないんです。三線と歌が一体になっていて、三線を持ってないと歌が出てこない。だから「ここで三線だけ止めて」と言ったらすごい苦労してたんですけど、その止まれない感じもかっこいいなと思って。そこにも『ローリング・サンダー・レヴュー』に通ずるものを感じたんです。あの頃のディランもきっと止まっていられなかったんだなと。『ローリング・サンダー・レヴュー』を観ていて一番すごいなと思ったのは、あのディランの歌にぴったりとハマっていたジョーン・バエズ。この人しかいないっていう存在感だったので、僕もこのバンドの中でジョーン・バエズみたいな立ち位置でいられたらいいな……とか。どうかな?(笑)
平里:いいんじゃないかな(笑)。
三上:私も『ローリング・サンダー・レヴュー』観てみようっと。
――最後、三上さんに締めていただけたら。
三上:私には明確な目標があって。次のライブ(『sayurasレコ発ワンマンライブ 「Adult Organized Rock」』)がfra-foaの解散以降の最高動員になるんですけど、sayurasでは正真正銘のキャリア最高動員が達成できたらいいなと思っているので。まだまだ頑張ります!
※1:https://realsound.jp/2024/02/post-1575432.html
■リリース情報
『Adult Organized Rock』
2024年3月20日(水)配信リリース
【収録曲】
01 ナイン
02 ウエルカムトゥブレインワールド
03 揺れる
04 RTA
05 KYOKAI