三上ちさこ、心を重ねるように歌う“かけがえのない慈愛の想い” 繋がりを通して豊かになったシンガーとしての可能性

三上ちさこ、かけがえない慈愛の想い

 2年の延期を経た20周年のアニバーサリーライブを含め、初のアコースティックワンマンツアーや、2年越しのレコ発ワンマンライブなど、充実のライブ活動でキャリアの全盛期を更新しているシンガーソングライター、三上ちさこ。コロナ禍でも断続的な配信リリースを行ってきた彼女だが、12月7日にそれらも含めた6曲入りEP『6 Knot』がリリースされた。コロナ禍での心境を素直に書き綴っていったような作品だが、そこには新たなメンバーを迎えたセッションから生まれた抜群のグルーヴと、何よりも純粋な三上の願いが音楽となって織り込まれている。上述した3つのライブを観て、三上が音楽で表現しようとしているのは“心と心の繋がり”だと書き記したが(※1)、例えば今作収録の「僕の子供」ではその想いをさらに深めて、人がただそこで生きることの美しさを肯定し、これ以外ないという温かいメロディとアレンジと共に奏でている。人の孤独や絶望を決して見過ごすことのない三上による、包み込むように優しく、慈愛に満ちた歌唱表現を味わうことができるだろう。

 あらゆる制約から解き放たれ、自由な振り幅でシンガーとしての強みを発揮している三上。だからこそ今一度、歌に対してストイックに向き合い、音楽で本当に届けたいことと真摯に向き合って生まれたのが『6 Knot』という作品だ。12月16日には今年最後のワンマンライブ『Re: Born 20+2 Anniversary Live 2nd -Final-』を控えるほか、彼女がかつてボーカルを務め、2005年に解散したロックバンド fra-foaのサブスク解禁も発表されている。2022年内もまだまだ話題の絶えない三上に、じっくり話を聞いた。(編集部)

三上ちさこdigital EP『6 Knot』トレーラー

「闇の中にいるからこそ、音楽を突き抜ける原動力にしていく」

ーー昨年から配信されてきた曲も含め、『6 Knot』はコロナ禍の三上さんの心境を記録したようなEPに仕上がっていますが、完成してみていかがですか。

三上ちさこ(以下、三上):最初からEPを作ろうと思っていたわけではなくて、ちょうどコロナ禍に入った頃からなんとなく書いていた曲がまとまったという感覚です。ここ2〜3年で気づいたことや感じたこと、コロナ禍だからこそ出会えた人との縁とか、そういうもので紡がれていった6つの楽曲たちですね。

ーー曲によってレコーディングしているミュージシャンの構成が全然違いますよね。根岸孝旨さんや屋敷豪太さんを中心にした大ベテランのミュージシャンたちから、『Enjoy Music!』(音楽プロデューサー・保本真吾主催の新人発掘プロジェクト)を通して出会った若手のミュージシャンたちまで、幅広い世代と一緒に制作してみていかがでしたか。

三上:刺激があって面白かったです。若い子たちにはすごくエネルギーが溢れていて。自分の中の最高の瞬間を求めて音楽をやっている、そんな切実さを感じました。今の若いミュージシャンってみんな演奏が上手いんですよね。私が若かった頃って全然上手くできなくて、何かが欠けてることに対してすごくもがいてた記憶があるんですけど、今の若い人たちは情報量がすごくてスキルもあるから、そもそもそこが根本的に違うんだなと思いました。対して、先輩方の円熟味を増したプレイにはどこか余裕があって、余白や間(ま)も含めて楽しんでいる感じがしました。歴史を感じるというか、できないことがある自分さえ面白がりながらいい演奏をしてくれるところも魅力的だなと思ったし、その中にお茶目さが垣間見える時もあって。私は年齢的に中間だったんですけど、いい意味での感覚的な違いを感じられたので、すごく勉強になりましたね。

ーーそういうレコーディングを経た6曲が1つの作品になったことで、どんなことが浮かび上がってきたと思いますか。

三上:コロナ禍で人と会うことに遠慮がちになって、会話するだけでなんか悪いことをしてるような気持ちになったじゃないですか。そういうやりきれなさもあったんですけど、コロナ禍だからこそ見出せた感情とか新しい出会いもあったから、最終的にはどんな状況も肯定していくための手段として、音楽があったんだなということを今になって思います。でも、最初はコロナ禍で燻っていて、暗い曲とか、闇の中に閉ざされているような曲ばかりできていたんですよ。スタッフに「こういう曲できました」ってプレゼンしても、却下されるものばかりで(苦笑)。

ーー重すぎると。

三上:そうですね。それで、暗い時代に暗い曲を歌うのもアリかもしれないけど、どこか前向きになれる曲の方が聴き手の心に何かを灯せるのかなって思い直したんです。ただでさえ家の中にいる時間が長いと、沈みやすい人はどんどん沈んでいってしまうじゃないですか。でも、その時間を逆に好機と捉えれば、普段はできないことをやってみるいい機会になるわけだし、聴いてる人にもそこに気づいてもらえるような曲を作りたいなと思って。「レプリカント(絶滅危惧種)」の〈天高く愛を掲げ〉とかもそうですけど、このまま燻って終わるわけにはいかないし、闇の中にいるからこそ、音楽を突き抜ける原動力にしていこうっていうことを歌いたかったんです。“突き抜ける”と思えたら、本当に人はどこまでも突き抜けて行ける気がするんですよ。

レプリカント(絶滅危惧種) / 三上ちさこ [Music Video]

ーーそれは「Break Your Shell」という曲にもそのまま表れていますよね。プロデューサーの屋敷豪太さんならではの音作りで、90年代のマンチェスターバンドみたいなグルーヴも感じられたんですけど、サウンドのイメージはどのくらい伝えていたんですか。

三上:音作りは完全にお任せしてました。豪太さんは昔からずっと憧れているドラマーで、グルーヴが洗練されていてかっこいいし、人としてもすごくピースフルでお洒落なんだけど、ワイルドな一面もあって。今回、想像を超えるアレンジをしていただいて、まさかここまでグルーヴィになるとは思ってなかったですけど(笑)、それこそ人と一緒に作る醍醐味だなと思ってすごく楽しかったです。私が持っていない世界を広げてくれたので。

Break Your Shell (Music Video) / 三上ちさこ

「振り幅があるからこそ、強みを持っていることの意味が増す」

ーーそのグルーヴに前向きなメッセージが乗るのがいいですよね。殻を破ることとか、進んでいくことで道が1本に繋がる感覚とか、今の三上さんが歌うことの説得力がすごくあると思うんですけど、20周年を経たご自身が歌うことはどれくらい意識していたんですか。

三上:それで言うと、昔は自分1人が頑張って、いつも空回りしてる感じがあったんですけど、最近あまり自分だけで頑張らなくなったんですよ。それよりも、みんなと作り出してるグルーヴに乗って、みんなで一緒に楽しむ方が広く届くんじゃないかなと思って。だから100%の自分で叫んで最高潮まで上り詰めるみたいな歌い方よりも、その場の空気や空間をいかに楽しめるかっていう歌い方に変わってきた気がします。そういう自分の変化を許せるようになったのは大きいと思いますね。「Break Your Shell」もめちゃくちゃ大きい声で歌わなきゃ、みたいな意識は全然なかったし。

ーーどういうきっかけでそこに気づけたんでしょう?

三上:もともとは、人に届けるなら最大限のエネルギーで歌わなきゃと思ってたタイプなんですけど、それが思うように届かなくて苦しくなってくると、「自分はこんなに頑張ってるのに!」って周りの人を責めるような気持ちになったりしていたんですよね。その時は、そうやってもがく姿が自分らしかったのかもしれないけど、コロナ禍に立ち止まって考えた時に、結局1人じゃ何もできないんだよなって気づけて。周りのみんなが“三上ちさこ”という音楽を鳴らしてくれていたんだと思えるようになって、素直に「ありがとう」って感謝できるように変わったというか。その気づきはとても豊かだったなと思います。

ーー今までは“三上ちさこ”というアーティスト像を自分1人で支えなきゃいけないと思い込んでいたのかもしれないですけど、それをレコーディングやライブのメンバーにも委ねられるようになって、より自由に表現できるようになったのかもしれませんね。

三上:そうかもしれない。それって人を信頼していないとできないことですよね。私、本当に今まで人を信頼できていなかったんだなと思います。けど、みんなと一緒に作れればいいんだと思えたら気持ちも楽になったし、がむしゃらに1人で突っ走るよりも、周りから「一緒にやりたい」と思ってもらえる人になる方が大事なのかもしれないなって。実際に歌っていても、私って人に引き出されやすいんだなって思うんですよ。音の中で気持ち良くなればなるほど、際限なく自分が出てくる感覚があるので、それもあって可能性を広げてくれる周りの人たちの存在ってすごく大事だなと実感しました。

ーー逆に言うと、今感じているご自身の歌唱の強みってどういうものだと思いますか。

三上:……fra-foaのファンでいてくれる方って、20年以上経ってもずっと聴いてくれていて、それってなんでだろうと考えたことがあるんですけど、やっぱり心の奥底にある満たされなさとか悲しい気持ち、やりきれなさや憎しみがドーンと出ている曲が多いから、そういう表現こそ自分の一番の強みで、支持されているところなのかなと思っていて。ずっと好きでいてくれる方がいるからこそ、自分の強みに気づかされるところもあるんです。

ーーライブを観ていても、そこは間違いなく三上さんの強みですよね。ただ、ソロ活動でストレートなロックやバラード、ミクスチャーまで様々な楽曲をものにしてきたことで、深く突き刺すための表現方法のバリエーションはどんどん広がっている気がします。

三上:はい、“それだけではないぞ”っていう感じです。fra-foaの頃は、グランジっていうイメージを決め込んでバンドをやっていたから、その路線から外れる曲が出てきても全部却下していたんですよ。私もNirvanaやRadioheadを踏襲した曲をやるのがfra-foaだっていう意識が強かったんですけど、一方で自分個人のルーツはもっとざっくばらんで。小学生の頃はピンク・レディーやC-C-Bが好きだったし、中学校の頃はユニコーンやBOØWYが好きで。NirvanaやRadioheadを聴くようになったのは大学に入ってからなんですよね。だからもっと振り幅を広げて、“三上ちさこ”としてルーツを集約させる形でいいんじゃないかなと思ってます。

ーーなるほど。

三上:1つのことだけやっていたら、どうしても幸せになれないなと思ったんですよね。自分にとっても、聴き手に残るものという意味でも。一辺倒なものにはあまり魅力を感じないし、「このまま行っても本当に先がない」「続けてもつまらなくなってしまう」と思って、fra-foaをやめたところも正直あったんです。だけど今は、幅が広がったことで自分の強みにも気づくことができたし、むしろ振り幅があるからこそ、強みを持っていることの意味が増すと思うので、いろんなことをやってきてよかったなと思いますね。

ーー周囲の支えがあって続けていくことで、“Break Your Shell”できることを実感したんですね。

三上:そう思います。ただ、「Break Your Shell」はライブでやる時に結構大変な曲なんですよね。踊るようなグルーヴから始まるっていう新しさもあるんですけど、キーが高いところはめっちゃ高くて、低いところはめっちゃ低いから、男女のツインボーカルみたいなメロディラインにしてしまったなと、作り終わった後に気づいて(笑)。ライブでどちらを歌おうか迷ってるんですけど、何回か披露してみんなもわかってきたら、自由に歌ってみようかなと思ってます。あとは、声が出せるようになったら最後のパートをみんなで歌ってみたり、そのパートを最初に持ってきたりしてみても面白そうだなと思っているので、「Break Your Shell」はライブで育てていける曲なんじゃないかなと期待しているんです。

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