ソニーミュージックグループ社長 村松俊亮氏が初めて明かす、今は亡き“真のライバル”への思い【評伝:伝説のA&Rマン 吉田敬 最終回】
「決別のために取材を受ける」その言葉の真意
その後も、2人のライバルストーリーは部下の僕たちを巻き込んで、お互いが切磋琢磨しながらしのぎを削ったが、敬さんが亡くなったことで、唐突に終止符が打たれてしまった。
「(亡くなったことが)ニュースで流れていたと、カミさんから電話をもらって。“嘘だろ!”って。でもそれが本当で信じられなかったですよね。ワーナーに行ってからもあれだけのヒットアーティストを出していった人なので、どんどん強く大きくなっていくのだろうなと思っていたから、“まさか……”と。後になって考えると、社長は孤独なものだとよく言うじゃないですか。社長は皆を鼓舞し続けなければいけない。自分自身もそうだし、部下もそうだし、アーティストもそうだし、場合によっては世の中かもしれない。それって、半分以上は“虚勢”だと思う。僕自身もそうだし。だからこそ一番身近な部下には弱みを見せられない。“俺についてこい”なり“俺のやってることは絶対だ”と言わざるをえない。“間違いなくこの曲はヒットする”、“このアーティストは大丈夫だ”、“この会社は大丈夫だ”と言い続けなければならない。だからこそ一番近い人に一番相談できない。その人たちをまず励まさなければならない。敬さんは責任感が強かったと思うので、本当に孤独だったんだろうし、誰にも言えなかったんだと思いますね。もともと一匹狼の人だったので、弱音を吐かなかった、吐けなかったんだなと。もし何か壁にぶつかったとしても、“お前がやってきたことってスゲエじゃん。それに比べたらこんなことなんてコンマ以下の小さな傷じゃん”って誰か俯瞰で見てあげられる人が側にいたら……と本当に思いますよね」
村松氏のその言葉を聞いたとき、なぜか時が一瞬止まったように感じた。この13年間、僕が勝手に背負い込んでいた“なぜ気づけなかったんだろう”という自問自答が、凸凹コンビであり、バディであり、真のライバルだった村松氏の言葉で昇華されたような気がした。
村松氏に思い切って取材依頼のメールを送った時に、「決別のために取材を受ける」という力強い言葉が返信にあった。
「敬さんと一緒にやってきた時代、その後ワーナーミュージックに行かれて丁々発止やりあっていた時代、あの頃に対するノスタルジー、ある種センチメンタルな気持ちへの決別というか。僕が仕切るようになった今の会社が、当時の敬さんのような人材を放逐するような会社ではなくなって、そういう人をしっかりケアできるようになっていたいし、もしそんな情けない会社だとしたら、そこからの決別という意味合いもある。今の日本って元気がないじゃないですか。若い子たちも何を目指していいのかわからないような状況で。そんな時にエンタメで、みんなに夢を持ってほしいし、金も儲けてほしい。今、世界中に垣根がなくなって、あっという間に僕たちの創ったものが世界に届く時代になってきている。当時の敬さんのインタビュー記事を読み返してみると、敬さんの考えと全く同感で。自分の感性を信じて、どれだけ狂ったように情熱的にクリエイトに集中できるかということ、そんなスタッフが何人いるかということが根源だと思いますね。そこのところは、時代が変わってもエンタメでは不変だと思う。世の中の流れを見るとか、マーケティングするとか、データをとるとか、突き詰めれば些末なことだと思う。敬さんや僕が信じていた自分の感性こそが重要だと。敬さんにそれを言ったら“ふざけんな! 一緒にするな!”と言われるかもしれないけど。僕にとっては目の上のタンコブだって思っていたタンコブの中には、栄養がたくさん詰まっていたんですよね」
村松氏の言葉に勇気づけられ、SME六番町ビルを出た。僕の場合は「決別」とはいかないかもしれないけど、これで本当の意味での新たな一歩を踏み出すことができる。1年以上に及んだ“敬さんへ近づく旅”の終着が、最も遠いと思われたこの場所だったことに感慨と手応え、そして温もりを感じた。
■書籍情報
タイトル:『「桜」の追憶 伝説のA&R 吉田敬・伝』
著者:黒岩利之
発売日:2024年2月2日(金)
※発売日は地域によって異なる場合がございます。
価格:3,300円(税込価格/本体3,000円)
出版社:株式会社blueprint
判型/頁数:四六判ソフトカバー/320頁
ISBN:978-4-909852-48-9
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