Mrs. GREEN APPLE、結成10周年を飾る『ANTENNA』全曲解説 バンドを続ける決断がもたらした“自由自在な力強さ”
「アンラブレス」
2分47秒で終わるコンパクトなサイズ感で、ある種の爽快感とともに聴き終えることができる曲。〈今世紀最大のミスを犯したとしても/大したことじゃ無いもの/ほら今流行りのアイブロウ〉といった言い回しも軽妙で、重厚感のある「Soranji」との対比が効いているほか、皮肉的な口調が続くからこそ、ラストにさらっと歌われる真実のインパクトも増してくる。サウンドに関しては、シングル『Soranji』のカップリング曲「フロリジナル」を彷彿とさせる幾何学的なデザインで、サンプリングした各楽器の音をパズルのように組み合わせることで全体を構築する手法を採っている。ボーカルのメロディに対して掛け合いをしたり、同じリズムでキメを打ったり、線を延長させるように新たなメロディラインを描いたりといったギター&キーボードのアプローチが面白い。
「Loneliness」
〈我々はまともな様に/必死こいて繕う/矛盾のストーリー〉という「アンラブレス」のラストフレーズを受けて、誰もが持っているが普段は隠している人とは分かり合えない部分、異常性のようなものを音楽の中で曝け出す展開。アルバムリリースに先駆けて公開されたコンセプトフォト「hope」「void」のうち、「void」的な世界観を最も顕著に体現している曲で、楽器の音色だけでなく、コーラスの重ね方や声色の加工のしかたでもダークで危うい雰囲気が演出されている。打ち込みが多用されている一方、若井&大森のツインギターが様々な役割を果たしている曲でもあるため、耳を澄ましてその意匠を楽しんでほしい。特に終盤のギターは歌や言葉を凌ぐレベルで多くを語っている。
「norn」
「Loneliness」から一転、牧歌的な空気を感じさせるスローナンバー。アコースティックギターやマンドリン、バイオリンが奏でるメロディが穏やかな気持ちにさせてくれる。「norn」とは北欧神話に登場する女神のこと。スウェーデンの民族楽器・ニッケルハルパを取り入れていたり、全編スウェーデン語詞だったりと、北欧テイストに振り切ったアプローチになっている。そのためミセス初の試みが多い楽曲だが、それでも突拍子もないことをやっているように聴こえないのは、彼らがこれまでジャンルやロックバンドというフォーマットに縛られず、様々な音楽を鳴らしてきたからこそだろう。
「橙」
〈学んだ日々を思い出すでしょう/幼き日に見た夕焼け空を〉というノスタルジックな歌い出しに、ミセスの人気曲の一つ「春愁」を連想する人も少なくないだろう。10代を中心に卒業ソングとして支持された「春愁」は大森が高校の卒業式の翌日に書いた曲で、自分が卒業を迎えた時に感じたことを書き留める目的で制作されたもの(※3)。一方、この「橙」では、大人になってから青春の日々を回想した際に浮かぶような言葉が並んでいる。“楽しかったあの頃に戻りたい”という気持ちが、“泣き笑いした日々に得たものは全て内面化されていて、今の自分と共に在るのだ”という気づきへと結びつく過程、繊細な心の動きを記した歌詞越しに大森、若井、藤澤の姿を見るとともに、バンドを続けながら彼らは少年から青年へと成長したのだと感じ入った。オーソドックスなバンドアレンジでまとめられたミディアムバラードのため、3人の成長が音からもダイレクトに感じられるのがよい。
「Doodle」
花王「メリットシャンプー」CMソングとしてテレビから流れてきたこの曲を初めて聴いた時、インディーズ~1stアルバム『TWELVE』の頃を思い出させる曲調に懐かしさを覚えた。そして改めて歌詞を聴いたところ、「我逢人」をはじめとした過去に発表された楽曲の中で歌われている願いを、現在のミセスが意思を持って肯定していく内容だったため、かなりグッときてしまった。タイムリープものによくある“現在の自分”と“未来の自分”の共闘シーンのような胸熱展開で、空に虹をかけるような藤澤のフレージングや若井のギターソロも泣ける。“私の人生は私のもの”と歌うこのアルバムには、結成当初より数段逞しくなったバンドの姿だけではなく、その“逞しさ”の中にある強がり、諦観、寂しさもそのままパッケージングされている。きっと数年後の彼らは、彼ら自身の手によって、このアルバムにおけるMrs. GREEN APPLEの姿を力強く肯定していくだろう。そんな未来まで想像させてくれる楽曲だ。
「BFF」
現在Mrs. GREEN APPLEはボーカル&ギター、ギター、キーボードという編成のため、サポートミュージシャンを迎えてライブやレコーディングを行っている。しかし「BFF」(=best friend forever)と名づけられたこのバラードは唯一、大森、若井、藤澤の3名が鳴らす音のみで構成された。一切の装飾を削ぎ落とした3人の音は静かで、温かく、寂しく、これまでに経験した出会いと別れ、10年を過ごす中で巡ったありとあらゆる感情が音楽になって立ち現れている。歌詞の中には、バンドの黎明期や“フェーズ2”が始まる前の彼らを思わせる描写が。特に2番Aメロの歌詞は、ステージ上でもメンバーとともに涙を流せるようになったという(※4)、今の大森だからこそ書けた言葉ではないだろうか。
「Feeling」
〈終わった事だから/振り返ったりしない/綺麗になるには まだかかるけど/「貰ったものは宝物」とはまだ言えない〉という歌い出しから、〈ただfeeling に/任せてしまえばいいよ/尖って鈍って忙しいこのワンダーランド〉と展開していく楽曲。自分たちが望まないタイミングで突然悲しみに見舞われることがあると知った。傷は癒えないが、それでもバンドを続ける決断をし、リスナーと再会したことで新たな喜びを知った。そんな“フェーズ2”始動以降の日々を踏まえ、自分たちの感じるままに、予測不能の事態に惑わされることすらどこか楽しみながら生きようという意思がこの曲に託された。それにしても、こんなにも軽やかなエンディングはミセスのアルバム史上初めてではないだろうか。ジャズのフィールを感じさせるアンサンブルには余白が残されていて、ライブだと日ごとに違った表情を見せてくれそうな予感。リアルタイムでのバンドの“feeling”を反映させられる設計になっている。
※1 https://realsound.jp/2022/07/post-1068820.html
※2 https://natalie.mu/music/pp/mrsgreenapple03/
※3 https://www.universal-music.co.jp/mrsgreenapple/shunshu/
※4 https://realsound.jp/2022/07/post-1080886.html
■作品情報
Mrs. GREEN APPLE
5th Original Full Album『ANTENNA』
2023年7月5日(水)発売
ストリーミング/ダウンロード
https://lnk.to/mgaantenna
購入リンク
https://lnk.to/MGA_ANTENNAec
<収録曲>
01. ANTENNA
02. Magic
03. 私は最強
04. Blizzard
05. ケセラセラ
06. Soranji
07. アンラブレス
08. Loneliness
09. norn
10. 橙
11. Doodle
12. BFF
13. Feeling
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Documentary -- Episode 3 “ANTENNA”
(本作品の制作過程に密着したおよそ150分に及ぶドキュメンタリー映像を収録)