連載「lit!」第29回:Drake & 21 Savage、Kendrick Lamar、Watson……市川タツキが選ぶヒップホップ年間ベスト2022
一方で、話題をさらうビッグアーティストであるケンドリック・ラマーのアルバム(③)は、場所についての作家でもあった彼が、人間の内面描写に振り切る作品だった。デュヴァル・ティモシーのピアノのサウンドやサンファの客演が、過去作とは違うような内省的感触を付与し、ラマーが言葉の人であると同時に、サウンドでドラマを綴る人物であることも実感させられる。また、永続的なカルマから自らを解き放つようなストーリーラインは、作家や人間としての彼の現在のスタンスをより強調し、そういった点でもディスコグラフィにおける重要作と言える。また、④のベニー・ザ・ブッチャーも自らのアーティストとしてのスタンスを示すような語りを見せている。ドラッグディーリングをはじめとした、ストリートの生活を切り取るギャングスタラップ的側面と、映画的とも言えるようなドラマチックな表現の両方を持ちながら、ミニマルなサウンドに乗ることによって、1人の男の独白を聴いているような気分にもなる。決して派手ではないが、パンチラインにも溢れ、多様な側面を持った良質なラップアルバムと言える。
自らの現在地点、つまりアーティストにとってのリアルを、詳細に綴るラッパーとして今年2枚の作品をリリースした⑤のワトソンによる作品も強烈である。固有名詞や情景描写など、具体的なリリックと日々の生活における実感を繊細に綴りながら、大胆に固く韻を踏んでいく。今年最も日本語的なパンチラインとレトリックに溢れた作品であるといえる。ハードでありながらも、儚いメロディを時折獲得するような、サウンドやフロウの展開も必聴。
同じく国内シーンでは、儚さを体現する⑨のゆるふわギャングによる作品が素晴らしかった。夜が明けていってしまうこと、パーティが終わってしまうことへの、有限性に対する意識と、国を跨ぐような、数々の移動をパッケージしたこの作品が描くサイケデリックで刹那的な時間は忘れがたい。NENEによる透き通るような歌声も、促音で韻を踏むRyugo Ishidaによる瞬間性のあるラップも、すべてが作品の携える刹那性に加担する。
有限性への意識という点で、⑥のベイビーフェイス・レイや⑦のJ.I.Dの作品も今年の優れたラップアルバムと言えるだろう。家族をはじめとする周囲の人々についての歌詞が目立つ両者の作品は、パーソナルな側面と死生観に対する言及で、繊細な魅力を放っていた。また、独自性のあるフロウによって、前者はデトロイト、後者はアトランタと、それぞれのシーンで存在感を増す両者の、サウンド面における成熟も確認できるだろう。
また、数々の場所と歴史を移動するビリー・ウッズによる今年リリースされた2枚、『Aethiopes』と『Church』も強烈だったが、ここではArmand Hammerの仕事でもお馴染みのプロデューサー Messiah Musikと組んだ後者を選んだ。戦争、人種差別をはじめとする人類の悲惨な歴史を回想しながら、人間の感情と信仰について綴る。批評性に溢れたハイコンセプトなレコードながらも、叙事詩のようなエモーショナルな側面すらも携える。Musikらしい尖った音の選び方と挿入の仕方、そこに乗るビリー・ウッズによる陰鬱でヘヴィなムードを醸すラップの感触は他の作品では得難いだろう。
各々がそれぞれの個性、作家性を磨き、多くの優れた作品がリリースされた2022年。移り変わりの激しい世の中だからこそ、それぞれのスタイルをどう貫くのか、または変化するのか。2023年もその場所で、その音楽に揺さぶられたい。
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