連載「lit!」第17回:リナ・サワヤマ、Pale Waves、ステラ・ドネリー、Dry Cleaning……新作携え来日予定のアーティストたち

 実は音楽フェスの季節は秋だったのではないかと思うほど、次々と開催されるフェスや来日公演の情報が流れ込んでくる2022年下半期。『FUJI ROCK FESTIVAL '22』や『SUMMER SONIC 2022』といった大型フェスが過ぎ去った直後にも、ビリー・アイリッシュとレディー・ガガという現代のスーパースターが単独来日公演を果たした。10月にはブルーノ・マーズが大阪・東京での計4公演、同月にはノラ・ジョーンズが日本武道館での3公演のほか札幌・仙台・大阪をまわる5年ぶりの来日公演を控えている。11月にはGuns N' Rosesがさいたまスーパーアリーナで2公演、KISSは「正真正銘」最後の来日公演を同月末に東京ドームで開催、アヴリル・ラヴィーンは2020年来日公演の2度の延期を経て実に8年ぶりとなるツアー(横浜・東京・名古屋・大阪)を同月に予定している。加えてジャスティン・ビーバーも11月の来日を予定しており、12月開催のMaroon 5のドームツアーは3公演すべて完売。また、年が明けた2023年は現時点だけでも1月にSuperorganism(東京・大阪・名古屋・広島・福岡)、2月にPavement(大阪・東京)、3月にビョーク(東京・神戸)、4月にはThe 1975(横浜・名古屋・大阪)等の単独公演が決定しており、当面来日ラッシュの勢いは止まりそうもない。

 他にも『朝霧JAM』(富士山麓 朝霧アリーナ・ふもとっぱら、10月8~9日)や『WIRED MUSIC FESTIVAL』の名古屋公演(AICHI SKY EXPO、10月9日)と福岡公演(PayPayドーム、12月3日)など要注目海外アクト参加のフェスも続々と開催される見込みだ。

 今回のレコメンド連載「lit!」海外ポップミュージック回では、上述した以外にも新作リリースに合わせて来日予定のアーティストに注目。どうしても東京・大阪が中心となるのが心苦しいところではあるが、それぞれの音源の魅力はもちろん、ライブでの見どころにも焦点を当てて紹介していく。

リナ・サワヤマ「This Hell」

Rina Sawayama - This Hell (Official Music Video)

 まず紹介するのはロンドンを拠点に活動する新潟県出身のシンガーソングライター、リナ・サワヤマの2ndアルバム『Hold The Girl』からリードシングルの「This Hell」。今年のサマソニでも披露された楽曲である。

 2020年の1stアルバム『SAWAYAMA』はニューメタル、エレクトロ、R&Bなど多様なジャンルを折衷した奇抜なサウンドの詰まったポップアルバムとして、商業的・批評的成功を収めた。2年ぶりとなる今作では、カントリー、ディスコ、ゴスペルなど前作にはあまりなかったジャンルが取り入れられている。アルバムは全体的にダンサンブルでサイケデリックな質感だが、終盤にはバラード調の楽曲が続く。それらは全て彼女の確かな歌唱力によって支えられており、前作以上にポップスとしての強度も獲得している。

 また、本楽曲のテーマは「地獄に堕ちろ」というヘイトスピーチを向けられたLGBTQの人々。そんな今の社会自体が「地獄」なのだという主張に加え、これまで注目を集める女性たちを苦しめてきたパパラッチに対する批判的主張を「hell(地獄)」という一語に重ね合わせている(※1)。しかもそれを「この地獄はあなたと一緒ならマシ(This hell is better with you)」というキャッチーなフックに代表されるように、軽快で煌びやかなダンスビートに乗せて歌い上げているのだ。

 本楽曲のみを取り出してみても、自らのオピニオンをポップスとして多くの人々に届けるサワヤマの手腕と表現への野心は最高潮に達していると言っていい。実際にチャートアクションを見てみると、全英チャートでは3位まで登り詰めている。これは日本人アーティスト史上最高位である。

 ポップスターとしては遅咲きで、かつ移民のクィアとして生きる彼女の存在や作品の放つメッセージは、私たちの暮らす日本社会の様々な問題点も浮き彫りにする。サマソニでの衝撃的なステージからわずか5カ月後の来年1月に東京・名古屋・大阪でのツアーが決定している。アルバムリリースを経てさらにパワーアップした彼女の勇姿を目撃するには絶好のタイミングだろう。

Pale Waves「Jealousy」 

Pale Waves - Jealousy (Official Video)

 続いて紹介するのは、上述したリナ・サワヤマやThe 1975、ビーバドゥービー等を擁する気鋭のレーベル<Dirty Hit>所属のロックバンド、Pale Wavesの3rdアルバム『Unwanted』からの最ヒット曲。今作は2000年代のポップパンクに接近したような作風で、そのあまりの直球さが清々しい。人によっては懐かしく感じるかもしれないが、一つひとつの楽器がくっきり聴こえてくるようなこの時代に合わせたミックスが施されている上、近年盛り上がりを見せるポップパンクの潮流を鑑みれば、単なる懐メロバンドとして片づけられる存在ではないだろう。

 影響元として考えられそうなポップパンクの代表的なバンドは数多くあるが、やはりアルバムタイトルと同名曲を持つアヴリル・ラヴィーンが強く思い起こされる。アヴリル的なサウンドは2ndアルバム『Who Am I?』にもみられたが、今作はそれをとことん突き詰めたようなもので、もはや1stアルバム『My Mind Makes Noises』のシンセポップ路線が物珍しく感じる。

 このように大きな変化がみられるのはサウンドだけではなく、ライブパフォーマンスも同様かそれ以上である。例えば2019年「There's a Honey」のライブと2022年「Jealousy」を比較してみれば一目瞭然だ。

Pale Waves - There's a Honey (Glastonbury 2019)
Pale Waves - Jealousy (Reading Festival 2022)

 The 1975のマシュー・ヒーリーとジョージ・ダニエルがプロデュースした「There's a Honey」では、ボーカルのヘザー・バロン・グレイシーが終始ギターを抱え、時折エモーショナルに歌う場面さえあるが、今年の「Jealousy」では初めからエネルギー全開で観客をアジテートするかのように叫び、ステージ上で激しく踊っている。多くのアーティストがパンデミックからの解放の象徴としてダンスミュージックに傾倒している2022年だが、堂々としたカリスマ性を放つヘザーや、イントロの時点でギターリフに合わせて合唱する観客を見る限り、彼らがこの路線を選択したのもこの時流と呼応していると言えそうだ。

 すでに3度の来日歴のあるPale Wavesだが、これだけ急速に変化していくバンドであるからには、来日公演のチャンスをできるだけ逃したくない。大阪・名古屋・東京・横浜を4日間でまわるツアーはアヴリル・ラヴィーン来日より約1週間早い、10月31日から11月3日の間に行われる。

ステラ・ドネリー「How Was Your Day?」

Stella Donnelly - How Was Your Day? (Official Video)

 オーストラリアのシンガーソングライター、ステラ・ドネリーはデビューアルバム『Beware of the Dogs』から3年半ぶりとなる2ndアルバム『Flood』をリリースした。今作は一聴して分かる前作と異なる点が3つある。1つ目はギターよりもピアノの弾き語り曲が多い点。そしてドラムの音色が温かみや密室感のあるものになっている点。最後にステラのボーカルが(最終曲のシャウトを除いて)掠れることなく安定している点である。

 今回紹介する楽曲「How Was Your Day?」は、今作の中では前作の雰囲気に最も近い爽やかなギターポップだが、上記の3点で前作とは一線を画している。もちろん前作の切羽詰まったような歌唱や軽快なサウンドこそがドネリーの魅力でもある。しかし本作は彼女のシンガー、音楽家としての新たな魅力が提示されている。ドラムとベースによって楽曲のボトムが強化されたことで、それに乗るドネリーのラップにも近い節回しのヴァースから高音のコーラスへの展開、それらが無理なく成立し繰り返されているのである。本作は冒頭の1~3曲目がシームレスに繋がっており、それらが全てリズムも楽器の編成も大きく異なるもので、ドネリーの前作から今作にかけての音楽的チャレンジが垣間見える。

 来日公演は11月29日から12月3日までの間に東京・名古屋・大阪の3都市で行われる。現時点でアルバムは2作品のみだが、充実のライブになるはずだ。

Dry Cleaning「Gary Ashby」 

Dry Cleaning - Gary Ashby (Official Audio)

 Dry Cleaningは近年尖ったバンドを多数輩出し続けているサウスロンドンを拠点に活動するバンドだ。2017年に元々はインストバンドとして結成され、後にボーカルのフローレンス・ショウが加入し、現在の編成に落ち着いた(※2)。元来インストバンドというのも納得の極上の演奏で、特にギターが同世代のロンドンやダブリン出身のバンドの中でも抜群に良い。歌というよりもポエトリーリーディングに近いスタイルのボーカルも特徴的でクセになる。

 今回紹介する楽曲は10月21日リリース予定の2ndアルバム『Stumpwork』からの先行曲だ。再生してすぐ、ボーカルがメロディをつけて歌っていることに新鮮な驚きがある。BPMもこれまでの楽曲と比べると高めで、ライブでの盛り上がりや大合唱が期待できそうな楽曲である。

 今年の海外フェスでのライブ動画を見てみると、演奏が凄まじくキレキレで盛り上げ上手なことと、意外にも表情豊かに歌うフローレンスの姿が印象的だ。

Dry Cleaning - Scratchcard Lanyard (Glastonbury 2022)

 彼らはアルバムリリースから約1カ月後の11月30日と12月1日に東京・大阪で来日公演を行う。ぜひステージの近くで観たくなるようなバンドである。

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