花譜、複層的なレイヤーを体現するアーティストとしての特異性 柴那典が羽生まゐごら参加のコラボ曲を紐解く

花譜、アーティストとしての特異性

 活動3周年を記念したコラボレーション企画『組曲』を進めてきたバーチャルシンガー、花譜。その第5弾としてボカロP・羽生まゐごとのコラボ曲「わたしの線香」がリリースされた。

【組曲】花譜×羽生まゐご #96.5「わたしの線香」【オリジナルMV】

 タイトルから想起されるように、楽曲がモチーフにしているのは「死」。冒頭ではこんな言葉が歌われる。

わたしの線香あげて ねぇあげて
こんなんでごめんね
お通夜で会えたらいいなぁ 

 相手に振り向いてもらうために、イマジナリーな自分の死を思い描く。そんな葛藤に満ちた感情が歌詞には描かれる。可憐でもあるけれど、とても重い愛情表現だ。歌詞には〈吐きたいよ鳳仙花〉というフレーズも登場するが、鳳仙花の花言葉は「私に触れないで」「短気」。花譜の繊細な歌声が、楽曲の主人公の尖った鋭敏な感性を鮮やかに表現している。

 「阿吽のビーツ」「懺悔参り」「ハレハレヤ」などのボカロ曲で人気を集め、これまでに『浮世巡り』『魔性のカマトト』と2枚のアルバムを発表、昨年にはトイズファクトリー内のレーベル・VIAに所属し新たなプロジェクトをスタートさせた羽生まゐご。琴、三味線、笙、尺八などの和楽器の音色を多用し、和の風情にどこか哀愁を感じさせる楽曲制作を得意とするコンポーザーだ。

 2021年12月には羽生まゐごは花譜をボーカリストに迎えた楽曲「抜刀 feat.花譜」をリリースしている。同曲の制作が『組曲』でのコラボのきっかけとなったというが、こちらは胸に秘めた恋心を刀に喩え“告白”の情景を描いた一曲だ。歌詞には「痛い」という言葉も繰り返されるが、切なさを醸し出す曲調と花譜の声の相性の良さを感じさせる。

 2018年10月のデビューから『観測』『魔法』と2枚のアルバムに至るまで一貫してボカロP・カンザキイオリとタッグを組んで曲を発表してきた花譜。コラボ企画の『組曲』はそこからの新たな挑戦となったわけだが、いくつかの曲が出揃ってきたことで、その方向性がある程度見えてきた感もある。

 GLIM SPANKYが楽曲を提供した「鏡よ鏡」、大森靖子の書き下ろしによる「イマジナリーフレンド」は、それぞれが思い描く花譜像や、バーチャルシンガーとしての存在のあり方が投影された一曲。どちらも共に普段はライブシーンを活動の拠点にするアーティストであるがゆえ、花譜に楽曲を書き下ろすという機会がこうしたテーマのクリエイティビティを引き出すきっかけになったのだろう。

 佐倉綾音とのコラボ「あさひ」はカンザキイオリが作詞・作曲・編曲を担当。花譜にとっては初めてとなるバーチャルとリアルの垣根を超えたデュエットが実現した曲だ。この曲でのポイントは強い個性を持つ二人の声の共存だろう。吐息まじりの儚さを持つ花譜に、声優としてのプロフェッショナルな演技力と力強さを持つ佐倉綾音。性的マイノリティーの主人公2人が寄り添いあうミュージカル的な展開を持つドラマティックな曲調で、掛け合いのパートから壮麗なハーモニーに至る展開が感動的だ。

 たなかの楽曲提供による「飛翔するmeme」も、たなかと花譜とのデュエットがポイントになっている。楽曲のモチーフになっているのはインターネット上のコミュニケーション。そういう意味ではGLIM SPANKYや大森靖子と同じようなアプローチであるのだが、インターネットに出自を持つたなか自身の来歴、ぼくりり辞職後も枠に縛られない活動にコミットしてきた独自の立ち位置が楽曲に深みを与えている。

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