三枝明那、樋口楓、夢追翔……VTuberとロックの関係性 ルーツと特徴を楽曲や歌声から探る

勢いを伸ばす個人勢たち

 こうした大手事務所に所属するアーティストの活躍が目覚ましいのは確かだ。しかし、事務所に所属せず独力で活動する、いわゆる「個人勢」たちも負けず劣らず素晴らしい。自らの存在を1から作ってしまうほどのクリエイティビティを持つ彼らの中には、音楽に特化した者も多い。次は個人勢のアーティストに絞って紹介していこう。

等身大を歌う男 天開司

 個人勢で最初に紹介するのは天開司(てんかい・つかさ)だ。個人勢の男性としてかなり大きな人気を博している配信者で、自分で始めた耐久企画でキレ散らかすなど、自分を包み隠さない配信スタイルを特徴としている。それと同時に、修二と彰「青春アミーゴ」などを手掛けたzoppを制作陣に迎えたオリジナルアルバム『Origin』をリリースしているアーティストで、1月上旬にはリリース記念ライブなども行っている。

【オリジナル曲】HOWL【天開司/Vtuber】

 少しかすれた無骨な声質の持ち主で、話し声にそのまま音程が乗ったようなストレートな歌声で歌う。高音域を出すこともでき、ヘッドボイスのまま繰り出されるそれには熱いものを感じざるを得ない。

 ボーカロイド楽曲は全く聴かないという彼のルーツはMr.Childrenだ。リリース記念ライブで披露した20曲のうち、オリジナル楽曲に次いでMr.Childrenの楽曲を多く歌っており、MCでは楽曲とオマージュ元のライブの熱弁に時間を費やすなど、相当なファンであることが窺える。

 ライブでは大学時代の音楽経験を明かし、自分の舞台が持てたことを涙を流しながら語った天開。バーチャルな世界に身を置きながら、等身大の自分で真っ向勝負に挑んでいく彼の戦いはまだ始まったばかりだ。

ロックを侵略していくぼっち宇宙人 ぼっちぼろまる

 ロックサウンドを自分で作り上げるバーチャルアーティストと言えば、ぼっちぼろまる だろう。音楽で地球侵略をするために、ぼっち星からやってきた地球外生命体で、すでに何作もオリジナルアルバムをリリースし、ワンマンツアーも行っているなど、活動は順調に進んでいる様子だ。バーチャルアーティストのコンピレーションアルバム『ADVENTUNE』シリーズや、「イツライ」(緑仙)「アイシー」(卯月コウ)などの楽曲提供と、精力的に活動している。

ぼっちぼろまる - タンタカタンタンタンタンメン (Official Lyric Video)

 鼻腔を震わせる独特のハイトーンには、どこかBUMP OF CHICKEN 藤原基央やRADWIMPS 野田洋次郎の面影があり、自身の書くシンプルで爽やかな歌詞に非常にマッチしている。喋りかけるような中音も言葉をストレートに伝えてくれる。

 いくつかのメディアで、上に挙げた二つのバンドやASIAN KUNG-FU GENERATION、ヒトリエなどがルーツだと語っている。語り口調でストーリー仕立ての歌詞はBUMPやRADから、高速アルペジオのリフはヒトリエからの影響を見ることができるだろう。その一方で打ち込みを駆使した楽曲もあり、今は亡きwowakaを感じることもできる。

 わかりやすく共感しやすいテーマに、ストレートですっと入りやすい歌詞と歌声、2000年代以降の王道ロックとかなりとっつきやすいアーティストだろう。きぐるみのような頭と人間のような体を用いた実写PVも多く、もしアニメが苦手でも触れやすい。音楽的同位体 可不(KAFU)を用いてボカロPとしても活動しており、ぼっちぼろまるからそうしたコンテンツに足を踏み入れるのもいいだろう。

世界の裏に立つ悪魔 あくまのゴート

 音楽に特化した個人勢で真っ先に思い浮かぶのがあくまのゴートだ。オリジナル楽曲を多数作っているクリエイターで、にじさんじにも複数の楽曲提供を行っている。ジョー・力一の初期の歌枠で「品川シーサイド」が歌われているなど、VTuber音楽シーンを追っていれば否が応でも目に入る一人だ。

あくまの オリジナル曲【品川シーサイド】

 胸腔を震わせる深みのある低音を持ち、力のこもった絞り出すような高音は、訴えかけるようなビブラートともに真正面から向かってくるような印象を抱かせる。「マンハッタン」などはそれが顕著だろう。一番近い歌声で言えば、ASIAN KUNG-FU GENERATION 後藤正文だろうか。

 それが彼のルーツだからか、あるいは彼が自分の歌声に合わせて曲を作っているのか、アジカンの影響は強いように思う。「品川シーサイド」のロングトーンに「リライト」と似たものを見出だせるかもしれない。そうしたエッセンスに加えて、バンドサウンドに限らない、メロディアスな楽曲作りが彼の魅力だ。

 あくまのゴート楽曲には、「マンハッタン」「篝火」「品川シーサイド」と一つの単語の場合が多い。それはたった一つのテーマから世界観を広げることが得意な彼を端的に表すものだ。しかし、ぼっちぼろまるの『ADVENTUNE』に参加した時、RPGがテーマの『ADVENTUNE』では遊び人、武器がテーマの『ADVENTUNE3』では核爆弾と、影のあるテーマで皮肉るような歌詞を寄せた。彼は依頼された世界観のその通りに作り上げる。しかしそれは、知らずしらずのうちに曲の裏に自分を忍ばせる、悪魔の取引なのかもしれない。

歌ってみたを引き締める敏腕クリエイター ぴろぱる

 最後に紹介するのはぴろぱるだ。こちらも多くのバーチャルアーティストに関係がある人物で、マスタリングやミックス担当としてよく目にするだろう。バーチャル書家という肩書も持ち、PVやタイトルの題字も多く担当している。PIROPARU(ぱいろぺいる)という名前でゲーム音楽のアレンジやボカロPとして活動していたが、樋口楓にローマ字読みされて改名したという経歴を持つ。

【ロッテCM曲】VTuber17名で「ベイビーアイラブユーだぜ」をやってみた【ぴろぱる】

 鼻腔に引っかかるようなミックスボイスを持ち、藤原基央や米津玄師などと同じ系統の声質をしながらも、そのうちにパワーのあるビブラートが共存しているという稀有な人材だ。

 上に挙げた二人がルーツに組み込まれているということは言わずもがなだが、チャンネル最初の動画が月ノ美兎のオリジナル曲のBUMP風アレンジだということがその音楽遍歴を表しているだろう。ボーカロイドの最前線に食らいつきながらも彼らの楽曲には反応良くカバーするところからも愛の深さが窺える。

 ミキサーとしての名が広まり、それに忙殺されているからか、今のところはオリジナル楽曲は発表していないが、経歴からしてトラックメイクの腕は確かだろう。今のうちにぴろぱるを把握しておけば、いつの日かオリジナル楽曲をリリースしたときに嬉しい驚きが待ち受けていることだろう。

 バーチャル界隈は様々なカルチャーの影響を受けながらもそのすべてを貪欲に吸収して成長してゆく世界であり、現実の鏡写しを凌駕せんとする勢いで拡大している。隅々まで探せば自分に刺さるアーティストが必ずや見つかることだろう。ファンとの距離感が近くその影響力が強いこともバーチャルアーティストの良いところだ。この記事を読んで彼らに興味を持ってくれたならば、探し当てたその最高のアーティストをそばで支えてあげて欲しい。未来の大物の古参になれるのは、今の貴方なのだから。

※1:https://realsound.jp/tech/2021/11/post-896709.html
※2:https://realsound.jp/2020/03/post-527843.html

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