『紅白歌合戦』でのまふまふカバーも話題 「命に嫌われている。」を生んだ新鋭ボカロP カンザキイオリの魅力
今、カンザキイオリの代表曲「命に嫌われている。」が再注目されている。
VOCALOID 初音ミクを使って制作され、2017年にニコニコ動画に投稿された本楽曲。内省的な歌詞が多くのリスナーの共感を呼び、投稿当初から多くの歌い手にカバーされることで人気を広げた。カバーの数はアマチュアの歌い手を含めると膨大で、有名なものだけでもmajiko(まじ娘)、+α/あるふぁきゅん、森内寛樹、手越祐也、ASCA、すとぷりメンバー、同じレーベル<KAMITSUBAKI STUDIO>の花譜や春猿火などいとまがない。カバーが多すぎるがゆえに本家であるカンザキイオリが埋もれてしまうという弊害が発生するほど、世代やシーンを横断しながら2010年代を象徴するボカロ曲となった。そして今、その知名度はお茶の間にまで広がろうとしている。12月23日に放送されたテレビ番組『歌唱王~歌唱力日本一決定戦~』(日本テレビ系)では優勝者が決勝戦で「命に嫌われている。」を歌ったことで注目を集め、『第72回NHK紅白歌合戦』に初出場を果たす歌い手のまふまふが同曲を歌うことにも期待が高まっている。
作詞・作曲者であるカンザキイオリは2014年にボカロPとしてデビューし、「命に嫌われている。」がスマッシュヒット。これまで「あの夏が飽和する。」「結局死ぬってなんなんだ」「自由に捕らわれる。」などの楽曲で死生観や社会に対する疑念、反抗を描いてきた。
最終的には〈生きろ〉と繰り返す「命に嫌われている。」は〈「死にたいなんて言うなよ 」「諦めないで生きろよ」そんな歌が正しいなんて馬鹿げてるよな〉と励ましに反抗を示す歌詞から始まり、続けて〈実際自分は死んでもよくて 周りが死んだら悲しくて 「それが嫌だから」っていうエゴなんです〉と自嘲。「あの夏が飽和する。」では〈「昨日人を殺したんだ」〉という告白から〈人殺しとダメ人間の君と僕の旅〉を短編小説のようなボリュームで描写する。このような鮮烈な歌詞を持ち味とするカンザキが、元々アンダーグラウンドな存在であったネットカルチャーで支持を得るのは必然的だったとも言える。今や市民権を得たVOCALOID音楽とその土壌だが、今でも人の暗がりを描くことができる場所であることに変わりがないように、オブラートに包まず書かれる歌詞は当時のネットカルチャーとも共鳴していた。
アンダーグラウンドな楽曲が、メジャーシーンに到達することは珍しい。にもかかわらず「命に嫌われている。」をはじめとするカンザキの楽曲が広く知られたのには、VOCALOIDの認知が一般層にまで広がったこと以外にも理由がある。
なにより彼の楽曲は、テーマの重さに反して聴き心地がいい。センセーショナルな単語が散見するカンザキの楽曲だが、全体に暴力性や諦観が満ち溢れているわけではない。「あの夏が飽和する。」では〈君〉を思い、手遅れながらも救いを提案し、「音楽なんてわからない」では序盤に〈僕はもうこの世界に見捨てられたような気がしたから〉と歌いながらも、最後には〈僕らが生きる意味を忘れない〉と結ぶ。彼の楽曲は、ときに静かに、ときに激しく、最後には救いを提示することが多い。ただただ刺激的な物語を紡ぐのではなく、感動を呼ぶドラマチックな展開も多くのリスナーを惹きつけているのだろう。