シティポップ(再)入門:荒井由実『COBALT HOUR』 シティポップ史の華麗なる幕開けに相応しい傑作
こういった新時代を感じさせるアルバム全体のアレンジを手掛けているのが、後の夫となる松任谷正隆と彼が所属するティン・パン・アレーである。ティン・パン・アレーはもともとキャラメル・ママという名前で結成されたセッション・ミュージシャン集団で、メンバーは松任谷正隆の他、林立夫、細野晴臣、鈴木茂。後に佐藤博が加わり、さらには周辺のミュージシャンも巻き込んでいくのだが、とにかく日本の音楽シーンの屋台骨を支えたグループであることは、もはや説明不要だろう。ユーミンは1973年の1stアルバム『ひこうき雲』から彼ら(当時はキャラメル・ママ)と切っても切れない関係であり、逆に言えば彼らがいなければサウンド面でも革新的だったユーミンというアーティストブランドは成立しなかったかもしれないのだ。
それにしても、本作でのユーミンはストーリーテラーとしても見事に成長している。顕著な例が、後にジブリ映画『魔女の宅急便』(1989年)にも使用されたことでおなじみの「ルージュの伝言」だ。この歌の主人公は、きままな恋人に内緒で彼の母親に会いに列車に乗っているが、その微妙な気持ちを車窓から見る黄昏の街の風景で表現している。しかも湿っぽくならずにオールディーズ調のごきげんなサウンドでポップに仕上げているのも新しい。また、メロウで切ない「雨のステイション」では、あの人に会いたいという気持ちと、雨に煙る忙しない駅前の風景をシンクロさせて絶妙な心情をあぶり出した、いずれも非常にテクニカルであり、こういったユーミン特有のシチュエーション作りの才能は、さらにマーケティング的に計算されていき、バブル期に向かって大きく開花していくのである。
このように『COBALT HOUR』を分析していくと、ひとりのシンガーソングライターが、都会的なポップスターへと変化していく分岐点であることがわかるだろう。そして、この変化こそがシティポップ的な世界観を生み出し、後続の女性アーティストに多大な影響を与えるのである。まさに、荒井由実の『COBALT HOUR』は、シティポップ史の華麗なる幕開けに相応しい傑作なのだ。
連載バックナンバー
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