日本産アンビエント再評価の流れ サウンドクリエイター 日向敏文の功績
日向敏文は、マイナーで重箱の隅をつつくように掘り起こされているアンビエントのアーティストや楽曲とは違って、ヒット作品を持つかなりのメジャー級存在である。1955年生まれ、東京出身の彼は、バークリー音楽大学やミネソタ大学など海外で音楽を学んだ本格派。その後シンセサイザーを手にして、弟の日向大介とともに独自の音楽を作り始める。そんな一風変わった経歴や音楽性が評価されて、1985年に<アルファ・レコード>から『Sarah's Crime / サラの犯罪』でデビュー。翌年には2作目のアルバム『CHAT D'ETE 夏の猫』、そして「Reflections」を収めた『ひとつぶの海(REALITY IN LOVE)』を発表するなど、精力的に音楽活動を行っていった。これらの作品のアコースティックとシンセサイザーが入り混じった独特の佇まいは、当時から熱心な音楽ファンの間で高く評価されていた。
日向敏文がデビューした80年代初頭から半ばは、彼のようなインスト系ミュージシャンは意外にもポップスやロックと同じようにリスナーに聴かれていた。YMOはいうまでもないが、フュージョン系ではCMに出演するほどの人気だったカシオペアを筆頭に、THE SQUARE(現T-SQUARE)やMALTAなどがポップな作風で人気だったし、ゴンチチ、村松健、溝口肇といった面々もクラシックでもジャズでもニューエイジでもない独自のインスト作品を続々と発表していって話題になった。チャートの上位に入ったり、大きなテレビ露出があったりしたわけではないが、確実にクラシックやジャズ以外のインスト音楽を好むファンはいたのだ。そんな中でも、日向敏文は個性的なアーティストだったという印象がある。彼が作る楽曲はどこかヨーロッパ的な雰囲気を漂わせ、曲のタイトルやアートワークも含めて非常にコンセプチュアルでオリジナリティのあるものだった。その後の『STORY』(1987年)や『Rhapsody in the Twilight』(1989年)なども、クラシック、ジャズ、ボサノヴァ、ワールドミュージックなど様々な要素を取り入れ、まるで映画音楽のような視覚的な音楽として唯一無二の個性を放っていた。
ある世代にとっては、日向敏文といえばトレンディドラマを彩るサウンドクリエイターという印象が強いだろう。今では信じられないかもしれないが、ドラマがヒットするとサントラ盤も10万枚単位の売上を記録し、オリコンチャートの上位にランクインされるほどだった。彼はまさにこういったサントラブームの先駆者だった。1991年の大ヒットドラマ『東京ラブストーリー』の劇伴音楽を担当した彼は、これまでの路線に加えてブラックミュージックやクラブミュージックの要素も取り入れ、ドラマのサントラという概念を超えた美しいサウンドを作り出した。当然大ヒットを記録し、その後も『愛という名のもとに』(1992年)、『ひとつ屋根の下』(1993年)、『妹よ』(1994年)、『いつかまた逢える』(1995年)といったヒットドラマを音楽で彩っている。(※1)
また、ドラマ『ひとつ屋根の下2』の挿入歌としてヒットしたLe Couple「ひだまりの詩」(1997年)の作編曲を手掛けており、他にも中山美穂、佐藤奈々子、KOKIA、松たか子、ダイアナ・ロスなどにも楽曲提供やプロデュースを行っている。近年は『ザ・ノンフィクション』(フジテレビ系)を筆頭にドキュメンタリー番組のサウンドトラックを手掛けることが多くなったが、一貫して印象に残るメロディや流麗なピアノのプレイを主軸にした美しいサウンドを聴かせてくれている。
このように日向敏文は、80年代のデビュー当時と変わることなくオリジナリティ溢れる音楽を作り続けており、その評価も一定している。「Reflections」が急に注目されるように、違った角度からの評価が生まれることはあるが、それはあくまでも彼が積み重ねてきたことの一部にスポットが当たったというだけのこと。個性的で良質なインストゥルメンタル作品を作り続けていることには変わりなく、そこが国内の若い音楽ファンだけでなく、先入観のない海外のリスナーからも評価される理由だろう。
この度『ひとつぶの海(REALITY IN LOVE)』に収められている「Reflections」と、「Two Menuets」の2曲のミュージックビデオが新たに公開される。これによってあらためて、国内外からの評価は高まることだろう。とはいえ、彼の作品はまだすべてがオフィシャルでストリーミング解禁されていない。今後、ストリーミングサービスでの配信が整備されれば、さらに世界中にその魅力が広まるはずだ。そして、日本を代表する才能豊かな音楽家として、日向敏文の名前がしっかりと認知されることになるに違いない。
(※1)上記いずれのドラマもフジテレビ系列での放送
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