medakaya.com 青木崇浩はなぜCDデビューした? “めだかの第一人者”が福祉事業を展開、目指すは新しいエンタメの形

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 めだか総合情報サイト「めだかやドットコム」を運営し、株式会社あやめ会の代表取締役として障害者就労の支援活動を行っている青木崇浩氏が、medakaya.comとしてシングル『めだか達への伝言』を<エイベックス>よりリリースした。

medakaya.com / めだか達への伝言 feat. MIMORI(kolme)

 同曲は、青木氏の人生経験から生まれた熱いメッセージを、これからを担う若者に向けて贈るエールソング。kolme MIMORIがボーカルゲストとして参加し、作曲はagehaspringsが担当している。インタビューでは、青木氏の歩みを振り返りながら「めだか達への伝言 feat. MIMORI(kolme)」に込められた思い、めだか×福祉事業において新しいエンタメを求める理由を紐解いていく。(編集部)

大病を患った過去、福祉事業に目覚めた理由

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ーー青木さんは日本初のめだか総合情報サイト「めだかやドットコム」を運営し、株式会社あやめ会の代表取締役として、めだかの飼育販売を通じて障害者就労の支援活動もされています。まずは、めだかの専門サイトを立ち上げた経緯を教えてください。

青木崇浩(以下、青木):「めだかやドットコム」は趣味から始まったもので、1999年くらいから独学でめだかの飼育や繁殖を始めて、そこで取り溜めていた情報を2004年にまとめたものが「めだかやドットコム」の始まりです。日本人なら絶対に知っている淡水魚なのに、鯉や金魚はあってもめだかの専門書が当時はなかったんですよ。2010年に『メダカの飼い方と増やし方がわかる本』を刊行したら、とにかくすごい勢いで注目を集めまして、今では19刷ほど増刷されていて。たまたま僕が一番初めに本を出しただけなのですが、知らぬ間に“めだかの第一人者”と言われる様になったわけです。

ーーめだかはポピュラーな存在なので、青木さんが始めるまで専門書がなかったのは驚きです。では、福祉事業に関わるようになったきっかけは?

青木:もともと私は会計事務所の家系で、大学を出てから会計士の仕事をしたいなと思っていたんです。でも、2002年頃に脳神経と脳血管が癒着する難病にかかってしまって、25歳〜30歳までの5年間はリハビリ期間で働けなかったんです。その期間にボランティア活動として障害福祉の児童養護施設に行って、そこで初めて福祉の仕事に出会いました。そこで衝撃を受けたのが、障害を持つ方々が月に20日間働いたとして、月給が700円だったんです。その時、もし僕がめだかの飼育方法を教えて、彼らが販売につなげることができたら、その700円を1万円に変えることができるのではないか、と。

 構想を練っていた頃はまだリハビリ期間だったので、とりあえず福祉の勉強から始めて。30歳になってリハビリが完了した時には、会計士の仕事をしたいという考えは全く無くなっていました。福祉の仕事には介護保険法と障害者総合支援法という大きく分けて2種類あるんですけど、勉強だけでなく実務を経験したいと思い、介護・高齢者福祉と障害者福祉の現場でそれぞれ5年ずつ働いてから起業しようと考えたんです。それで、ちょうど40歳になった頃に地元の八王子に戻って、自分の掲げるめだかと福祉を軸とした株式会社あやめ会を立ち上げたんです。

ーー大病を患ったことやボランティア活動に参加したことが人生の転機になったと。

青木:病気になる前は全てが順風満帆で、今思うと愚かですが自分を中心に地球が回っていると本気で思っていました。でも、病気になったら終わりなんですよね。今まで積み上げてきたことは一体なんだったんだろうって。それからボランティアに参加して思ったのは、そこで出会った子たちは何も悪くないということ。それこそ親が違法薬物で刑務所に入って捨てられてしまった子とか、生まれた時から障害を持っていて捨てられてしまったとか、その子たち自身には何の責任もないんですよね。そんな子どもたちの未来において、月に1000円、2000円稼ぐような生活が続くと考えるとすごくショックでした。

 あと、何事もなく上手く生きている時って自分はすごく価値のある人間だと錯覚してしまうもので。でも、病院のベッドの上で過ごすと思うんですね。何もできないのに医療費を使っている自分は、無価値な人間なのではと。でも、ボランティアに通うようになって、何度かサポートにいくと、施設の門のところで子どもたちが待ってくれるようになるんですね。「先生、先生」って。自分の存在は無価値だと思っていたけど、誰かを喜ばせることができるのであれば、残りの人生をこの仕事に懸けてもいいと思えたんです。そこが、僕の人生の大きな転機でした。

ーー人と触れ合うことで、自分の価値を見出してもらったというか、再確認できたのかもしれませんね。

青木:きっとそういう出来事を体験していなければ、すべての利益を自分のものにしてしまうような生き方をしていたと思います。でも、病気をしたことで一度死んだような感覚があって、もう一度もらった命だからこそ、すべてをこの仕事に投資する覚悟を持てたのかなと思います。

ーーもともとはめだかのパイオニアであった青木さんが、その知見を活かして福祉事業を展開する。これも従来の福祉事業にはない取り組みだったかと思います。

青木:そうですね。以前は身体障害、知的障害の2種類だったものが、今はそこに精神・発達障害が加わりました。例えば、ニートや引きこもりをどのように社会に戻していくのかが、国としての大きな課題になっています。私たちの事業では精神・発達障害の受け入れを多く担っているのですが、そういう悩みを持っていても、なかなか福祉事業に参加してくれる方は少ないんです。それはなぜかというと、どうしても福祉事業は暗いイメージを持たれがちなんですね。その問題は運営する側や情報を紹介する側にあると思っていて、ポジティブな形で福祉事業を発信できればと考えたんです。

 僕自身、福祉事業はカッコイイ仕事だと自負しています。実際、福祉とめだかを掛け合わせることで、大きな収益となるビジネス形態も構築できました。そのおかげで、福祉事業所とは思えないくらい綺麗なオフィスを駅ビルの中に構えることもできていますし、障害を持つ方々がめだかを飼育・販売して得た利益を彼らにも還元できている。そうやってネガティブな印象をポジティブな活動で払拭することが大事で。今回のエイベックスさんとの取り組みも、福祉事業者でもメジャーレーベルから音楽を出すことができるとみんなに知ってもらいたくて。おそらく前例がないことだとは思うんですけど、だからこそ諦めずに挑戦してみる。その姿をうちの職員や利用者に見せることで、少しでもみんなに元気になってもらって、社会に出て行くきっかけを作れたらと思うんです。

ーーなるほど。7月30日に「めだか達への伝言 feat. MIMORI(kolme)」が配信リリースされました。この取り組みも青木さんが発案したものだったのですか?

青木:エイベックスさんとコラボする上で、何ができるのかなと考えたんです。もちろん、水槽を作るという企画はありましたが、僕としてはただそれだけではなく、エンターテインメントとして多くの人にメッセージを発信したかった。エイベックスさんは、そういう意味では歌やダンス、アニメといったコンテンツビジネスのプロですからね。うちの会社にエイベックスのスタッフの方が遊びに来た際に、趣味でやっていたラップの曲を聴いてもらったら、こういう音楽をやってみませんかと話が進んでいきました。

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