BTSら所属の旧Big Hit=HYBE、社名変更からの動きを改めて整理 アメリカ支社設立が意味するもの

 韓国の大手芸能事務所がこのように積極的な投資や事業拡大を行うのには、韓国のエンタメ業界特有の背景が存在する。例えば日本の「芸能事務所」は主にアーティストや芸能人マネジメントのみを担当することがほとんどで、作品のリリースや広報・公演はレコード会社やイベント会社がそれぞれ請負う分業システムが多く機能しているが、韓国の場合はこのすべてを芸能事務所自身が行うケースが多い。CDや音源流通に関しても、配信・レコード会社は基本的に流通を行うのみで、制作や広報に関しては事務所が殆どの資金を負担して自社で行うのが一般的だ。日本で言えばavexやソニーミュージックのようなマネジメント・流通・公演や映像事業などをセットで行うエンターテインメント総合企業のような働きが求められる。また、K-POPの世界進出の拡大に伴い、日本を筆頭とした韓国外のエンタメ事情に準じたビジネスのために海外支社をおく事務所も少なくない。このように、所属アーティストやその人気が拡大するほど必要とされる資金の額も膨大になるため、大手ほどより積極的な投資や事業拡大が必須となると思われる。

 SMエンターテインメントの子会社であるSM C&Cは広告代行や音楽関連以外の芸能マネジメント、旅行事業などを行っているが、TV制作会社フンメディアを買収して『知ってるお兄さん』『ヒョリの民宿』のような人気バラエティや『先にキスからしましょうか?』などの人気ドラマも制作している。ファッション・モード関連に強いYGエンターテインメントは俳優部門設立の他にモデル事務所のK PLUSの吸収や不動産ファンド会社を設立するなど、それぞれの得意分野を活かして事業拡大を行なっている。HYBEの場合はゲーム会社のSuperb買収時にパン・シヒョクが「韓国の得意分野であるゲーム事業と音楽の融合によるコンテンツの発展を目指したい」と述べていたように、インターネット立国である韓国企業の得意分野であるゲーム事業を含むIT関連全般に力入れるようだ。株式上場の時の説明会でも「カカオやNAVERのような総合IT企業を目指す」と述べており、現在HYBEの2大株主は代表取締役のパン・シヒョク(約30%)と韓国の大手ゲーム会社ネットマーブル(約20%)である(ちなみにネットマーブル理事会の議長であるパン・ジュンヒョクはパン・シヒョクの親戚)。

 また、先述の元SMエンターテインメントのミン・ヒジン以外にもネクソンジャパングローバルCOO、MCMブランドの会計士、Google GCASグローバルBM、スタイルシェアCOO、カカオフレンズのキャラクターデザイナーなど、各分野でのスペシャリスト達をヘッドハントして招き入れている。

 アメリカ支社を作った韓国の芸能事務所はHYBEが初めてではないが、HYBEの場合はBTSのアメリカでの成功という実績をベースに、より現地のエンタメ事情に沿ってグローカライズされた、いわば日本でのK-POPアーティストのような活動をアメリカでもより具体的に行うための下準備と言えるだろう。買収したITHACAの傘下レーベルには元YGエンターテインメントのPSYやCLも所属しており、スクーター・ブラウンは過去にアメリカ国内でのK-POP関連アーティストのマネジメント経験もある人物である。

 HYBE Americaはアメリカでのアーティストマネジメントとグローバルマーケティングを担当するだけではなく、アメリカ市場向けのK-POPグループをデビューさせる予定でもある。CEOユン・ソクジュンは、同社からアメリカ国内でK-POPシステムで育成したボーイズグループをデビューさせ、アメリカ国内で活動させる予定であると語っていた。メンバー選抜はオーディション番組を通じて行うが、アメリカの放送局で2022年の放送を目指しているとのことだ。

 2000年代初頭、SMエンターテインメントのイ・スマンが掲げた海外進出のための理論に「CT=Culture Technology理論」と名づけられた「現地化戦略」がある。このCT理論とは3段階に分けられている。

第1段階:韓国の事務所が直接作って輸出する
第2段階:海外の現地企業との協力を通じて市場拡大を図る
第3段階:現地企業と合弁会社を立ち上げ、韓国のCT(文化技術)を伝授する

 HYBEが日本とアメリカで行おうとしていることは、まさにこの「CT理論」の第3段階そのものだろう。JYPエンターテインメントのNiziUやBOY STORY、LAPONE​エンターテインメント(CJ ENMと吉本興業による合弁会社)のJO1、SMエンターテインメントのWayVなどアジア圏で第3段階を試みているケースはすでにあるが、HYBEの動向は、他のアメリカ進出を目指している韓国の芸能事務所にとって最も気になるものと言えるのではないだろうか。

<参照>
https://hybecorp.com/kor/main#
http://file.myasset.com/sitemanager/upload/2020/0908/161302/20200908161302497_1.pdf
https://m.mk.co.kr/news/stock/view/2020/10/1058855/
https://biz.chosun.com/site/data/html_dir/2021/04/15/2021041501977.html
https://m.mk.co.kr/news/stock/view/2021/04/355020/
https://scooterbraun.com/music
https://koreajoongangdaily.joins.com/2018/04/06/industry/Cousins-unite-as-Netmarble-buys-stake-in-Big-Hit/3046607.html

■DJ泡沫
ただの音楽好き。リアルDJではない。2014年から韓国の音楽やカルチャー関係の記事を紹介するブログを細々とやっています。
ブログ「サンダーエイジ」https://nenuphar.hatenablog.com/
Twitter(@djutakata)

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