村井邦彦×吉田俊宏 対談:アルファミュージックの原点を語る

村井邦彦×吉田俊宏、アルファ対談

アルファミュージックの精神

吉田:例えば、アヅマカブキの日本舞踊や文楽のような伝統文化は様式が確立されたオリジナリティーのあるものだから、それが海外で受けるのは分かるのですが、欧米のポップスやロックなどの影響を受けた日本の新しいポピュラーミュージックを海外に発信して、どのくらい受け入れられるのか、1970年当時は未知数だったのではないでしょうか。村井さんはどう考えていたのですか?

村井:全部当たって砕けろ、ですからね。自分が手掛けるアーティスト、赤い鳥もユーミンもすべて海外に持っていって、向こうの出版社の人やレコード会社の人に聴かせたのですが、やっぱり言葉の壁っていうのは凄く厚くてね。特にアメリカのマーケットでは英語以外の歌はほとんど受け付けてくれないんだよねえ。みんな仲間だから、本当のことを言ってくれるんです。「クニ、一生懸命売ろうとしているのは分かるけど、どうしたって日本語では売れないよ。英語でなければ誰も聴いてくれない」ってね。1970年代ですからね。まあ、それできっとYMOみたいなインストゥルメンタルの方がチャンスはあると考えたんですね。

吉田:細野さんたちがYMOでテクノをやると言ったときは、村井さんは社長としてどう判断されたのですか。

村井:ともかくインストゥルメンタルは可能性があると思っていたから「うん、何でもいいよ」と。僕と細野で組んで、外国で売ってやろうっていう夢を2人で共有していましたからね。

吉田:細野さんの感性を信じて任せた部分が大きかったということですか。

村井:完全にお任せですね。

吉田:村井さんとしてはテクノが当たると思っていたわけでもないのですか。

村井:そういうものってね、これが当たるとか事前に分かるものではないんだなあ。ともかく持っていくわけですよ。もちろん、ある程度のレベルは超えていないとダメですよ。音楽的にしっかりできているとかね。そこをクリアしていたら、次はそれを人の前に持っていって、相手がどう感じるか。僕が持っていったのはA&Mレコード社内の編成会議みたいなところ。

吉田:アルファは1978年にアメリカのA&Mと提携して、社長の村井さんも月に1度はLAに飛んで会議に出ていたんですよね。

村井:そうそう、そうです。会議に持っていくと、そこで反応が出るんですよ、若い社員たちから。YMOの場合、最初に火がついたのはフロリダ州とか、うんとローカルな場所だった。そういう土地をこまめに回ってくれているプロモーションの担当者が一生懸命に頑張って、そこのラジオ局とディスコで火がついたりするわけですよ。だからモノを売るときは「これがいい」と信じたものをいろいろな人に見せていく。すると誰かが「これはいい」と言い出してくれて、ワーッと広がっていくんですよ。

吉田:アルファは売ろうと思って音楽を作っていたわけではないということですね。

村井:できあがってから、さあ、これをどうやって売ろうかって考えていました(笑)。

吉田:ははあ、そういう順番なんですね。

村井:ちょっと変わっているようだけど、今までの芸術作品、文学や映画や音楽にしても、そうやってできて、売れたものって結構多いんですよね。最初から売ろうと思って商業主義的に作った物ではなくても、本当に良いものだったら、いつか売れちゃったりしますからね。

吉田:確かにそうですね。

村井:子どものころ、英語の先生に教えられたんです。「前衛っていうのはどういう意味か」って。文学青年のアメリカ人で、一緒にヘミングウェイを読んだりしたんだけど。

吉田:ヘンリー・シャフスマさんですね。

村井:あー、よく覚えていらっしゃる。

吉田:教育テレビの英会話の先生もやっていた。

村井:そうですね。

吉田:もうそういう時期から村井さんの意識にあったんですね。前衛とは何かについて。

村井:ありました。つまり、初めから万人に受けるようなものは、実のところ誰のものでもない。1人でも2人でもいいから、その人の心の奥深くまで突き刺さるものこそが本物なんだということです。

吉田:最後に残るのは、最初は前衛に見えていたものだということですね。

村井:うん。僕はその前衛の原理を信じて音楽を作っています。

右から、鈴木茂、高橋幸宏、鮎川誠、加橋かつみ、雪村いづみ、村井邦彦、松任谷由実、後藤悦治郎(赤い鳥)、ミッキー・カーチス、大野真澄(ガロ)、叶正子(サーカス)。ALFA MUSIC LIVEのカーテン・コール。撮影:三浦憲治

吉田:僕は『ALFA MUSIC LIVE』を見て思ったんですけど……。

村井:そうだ、吉田さんにも生で見てもらったんだよね。記事も書いてくれて。

吉田:そうでした。「音楽史に残るコンサートになった」と書いた記憶があります。村井さんはライブ全体の構成と総合演出を松任谷正隆さんに任せたのですよね。そこが村井さんらしいなと思いました。この分野なら、この人に任せよう……といった人選のセンスが抜群だな、と。実際、松任谷さんの演出は素晴らしかった。

村井:そうなっちゃうんですよね。連載中の小説『モンパルナス1934~キャンティ前史~』も吉田さんがいなきゃ書けないよ、これ(笑)。

吉田:いやいや(笑)。

村井:僕は構想を練ったりするのは得意ですけど、実際にそれを文章化して、隅々まで行き届いた形にするっていうのは経験がありませんからね。だから今回吉田さんと組んだように、自分とは違う才能を持った人との組み合わせで仕事をすることが昔から多いんですよ。山上路夫さんと組むとか、細野と組むとかね。

吉田:才能を組み合わせるというのは、誰にでもできることではなくて、やはりそれこそプロデューサーの才覚でしょうね。

村井:ありがとうございます。いろいろなことは理解できるんですけどね、分からないことはいつも人に尋ねちゃう。「これ、どうなんでしょう」って。だから、常に勉強しているみたいな感じ。

吉田:いろんな分野に、自分専用の専門家、知恵袋を持つということですね。それはとても効率がいいし、確実ですものね。検索して調べるよりスピードも速いし、自分の知識に合わせて解説してもらえるから、自分の血となり肉となる。

村井:全くそうですね。僕の親父はエンジニアだったんですよ。いわゆる専門家で、飛行機の設計なんかをやっていたんですけど、彼が僕に言うんです。「エンジニアは損だ」って。人に使われるだけで、あまり面白くないぞということですよ。「お前はなるべくゼネラリストになれ」と言っていました。いろいろな人と組んで仕事ができるように、深くなくてもいいから、いろいろなことを広く知って、専門家と組んで仕事をしたらいい……。そんな教育を僕にしたんです。

吉田:まさにお父さまがおっしゃった通りの人生を歩むことになったわけですね。

村井:たまたま向いていたんですよ。それに父は理数系だけど、僕は全くの文科系で、数学なんかは特に苦手でしたから、父の職業を継ごうと思っても無理だったわけです。

吉田:アルファミュージックは自前のスタジオをつくりましたよね。相当なお金がかかったと思いますが、国際的なビジネスをやるには国際レベルのスタジオが必要という発想だったのでしょうか。

村井:そう。それはやはり必要ですよね。技術の大切さについては、僕はよく理解していましたから。

吉田:今の効率重視の合理的な社会では、そんな贅沢なスタジオをつくるよりは……という発想になりがちですが、やはり村井さんは音楽家であって、芸術にとって最も肝心な部分でお金をケチってはいけないという信念で会社を経営していた証しだと思えます。

村井:そうですね。その通りです。

吉田:50周年という時代になっても、これだけの作品が世に残り、いまだに世界中で愛聴されているのは、そうしたアルファの精神のたまものでしょう。

村井:本当にその部分は一生懸命やりましたね。お金もかけたし、努力もした。つまり一生懸命やらなくては、いいものはできない。お金もかけないと、いいものはできないですよ。

吉田:お金も手間もかかるけど、いいものは50年たっても残るというわけですね。今は目先の小さな利益ばかり追って、なかなかそういう発想になりにくい世の中になっていますけどね。そういえば、さっき川添浩史さんの思い出で、若者を大事にしたとおっしゃっていましたよね。その話を聞いて『ALFA MUSIC LIVE』に大村憲司さんや林立夫さんの息子さんや小坂忠さんの娘さんがそれぞれお父さんと同じギタリスト、ドラマー、ボーカリストとして出演しているのを思い出しました。

村井:『ALFA MUSIC LIVE』には、僕らの世代がやってきたことを次の世代にバトンタッチする文化の継承という意味もありましたね。マンタがいて、彼を尊敬する武部聡志さんがいて、2人の弟子筋に当たる本間昭光さんがいてね。ジュニア世代だけでなく、服部克久さんや雪村いづみさん、ミッキー(カーチス)や加橋のようなベテランも出てくれたし。

吉田:このライブには出ていませんが、若者に人気のある星野源さんが細野さんをとても尊敬していて2人に交流があることは多くのファンが知っていますし、星野さんを通じて若者たちが細野さんの作品を聴くようになっているという現象もあるようです。そんな意味でも『ALFA MUSIC LIVE』の映像は若い人にこそ見てほしいですね。これを機に小坂忠さんや吉田美奈子さん、ブレッド&バターといった優れた人たちの再評価が進むといいなと思っています。

村井:全く同感ですね。あのライブがBlu-rayや高音質CDとして発表され、後世に残るのはとてもありがたいことですよ。吉田さん、今日はどうもありがとう。小説『モンパルナス1934~キャンティ前史~』も頑張って先へ進めましょう。

吉田:はい、こちらこそありがとうございました。いま書いている小説はいわば『ALFA MUSIC LIVE』の原点ですからね。頑張りましょう。

『モンパルナス1934~キャンティ前史~』

『ALFA MUSIC LIVE-ALFA 50th Anniversary Edition』

■商品概要
『ALFA MUSIC LIVE-ALFA 50th Anniversary Edition』
2021年3月4日(木)発売/¥13,000+税
Blu-ray Disc(2枚組)+Blu-spec CD2(2枚組)+ブックレット/三方背BOX
・監修:村井邦彦
・映像制作・発行:WOWOエンタテインメント株式会社
・CD制作・パッケージ販売元:ソニー・ミュージックダイレクト

<収録予定>
DISC-1 (Blu-ray Disc)
01.【プレゼンター:荒井由実】
02. 愛は突然に.../加橋かつみ
03. 花の世界/加橋かつみ
04.【プレゼンター:吉田美奈子】
05. 竹田の子守唄/紙ふうせん(赤い鳥)
06.【プレゼンター:ミッキー・カーチス】
07. 学生街の喫茶店/大野真澄(GARO)
08.【プレゼンター:服部克久】
09. 蘇州夜曲/雪村いづみ(演奏 ティン・パン・アレー)
10. 東京ブギウギ/雪村いづみ(演奏 ティン・パン・アレー)
11.【プレゼンター:野宮真貴】
12. ひこうき雲/荒井由実(演奏 ティン・パン・アレー)
13. 中央フリーウェイ/荒井由実(演奏 ティン・パン・アレー)
14. 【プレゼンター:細野晴臣】
15. ほうろう/小坂 忠(演奏 ティン・パン・アレー+高橋幸宏)
16. 機関車/小坂 忠(演奏 ティン・パン・アレー+高橋幸宏)
17. 【スピーチ:桑原茂一】
18.【プレゼンター:向谷実】
19. 朝は君に/吉田美奈子
20. 夢で逢えたら/吉田美奈子
21.【プレゼンター:紙ふうせん】
22. Mr.サマータイム/サーカス
23. アメリカン・フィーリング/サーカス
24.【プレゼンター:サーカス】
25. ピアニスト/山本達彦

DISC-2 (Blu-ray Disc)
01.【プレゼンター:坂本美雨】
02. あの頃のまま/ブレッド&バター
03. MONDAY MORNING/ブレッド&バター
04.【プレゼンター:ブレッド&バター】
05. La vie en rose/コシミハル
06.【プレゼンター:鮎川誠】
07. YOU MAY DREAM/シーナ&ロケッツ
08. LEMON TEA/シーナ&ロケッツ
09.【プレゼンター:高橋幸宏】
10. Hot Beach/日向大介 with encounter
11.【プレゼンター:荒井由実】
12. RYDEEN/YMO、村井邦彦
13. 翼をください/Asiah、大村真司、林一樹、村井邦彦、紙ふうせん、村上"ポンタ"秀一
14. 音楽を信じる/小坂忠、Asiah、大村真司、林一樹、村井邦彦、村上"ポンタ"秀一
15. 美しい星/村井邦彦

DISC-3 (Blu-spec CD2)
01. 愛は突然に... / 加橋かつみ
02. 花の世界 / 加橋かつみ
03. 竹田の子守唄 (シングル・バージョン) / 赤い鳥
04. 学生街の喫茶店 / ガロ
05. 蘇州夜曲 / 雪村いづみ 
06. 東京ブギウギ / 雪村いづみ
07. ひこうき雲 / 荒井由実
08. 中央フリーウェイ / 荒井由実
09. ほうろう / 小坂 忠
10. 機関車 / 小坂 忠
11. 朝は君に / 吉田美奈子
12. 夢で逢えたら/ 吉田美奈子

DISC-4 (Blu-spec CD2)
01. Mr.サマータイム / サーカス
02. アメリカン・フィーリング / サーカス
03. ピアニスト / 山本達彦
04. あの頃のまま / ブレッド&バター
05. MONDAY MORNING / ブレッド&バター
06. La vie en rose / コシミハル
07. YOU MAY DREAM / シーナ&ロケッツ
08. レモンティー / シーナ&ロケッツ
09. Hot Beach / INTERIOR
10. RYDEEN / YELLOW MAGIC ORCHESTRA
11. 翼をください (シングル・バージョン) / 赤い鳥
12.音楽を信じる We believe in music / 小坂 忠、Asiah
13. 美しい星 / 赤い鳥

■関連サイト
アルファミュージック ライブオフィシャルサイト
アルファミュージックオフィシャルサイト
オフィシャルInstagram(@alfamusic1969)

関連記事

インタビュー

もっとみる

Pick Up!

「インタビュー」の最新記事

もっとみる

blueprint book store

もっとみる