アルバム『素敵な大人になる方法』インタビュー
ボカロP 傘村トータ、創作への原動力 ボーカロイドで紡ぎ出す物語の魅力とは
ボカロPとしてすでにネットを中心に注目を集めている傘村トータが、ニューアルバム『素敵な大人になる方法』を2月24日にリリースした。アルバムには傘村自身がこれまで発表してきた作品から、「明けない夜のリリィ」「贖罪」「おはよう、僕の歌姫」といった厳選された人気曲を収録。2020年にはReoNaに楽曲を提供するなど、より多くのリスナーにその音楽が届きつつある今、このアルバムが届けられた意味は大きい。なぜなら、今作は単なるボカロアルバムではなく、傘村トータのリアルな想いに触れることができる作品となっているからだ。
そんな傘村トータを、そして『素敵な大人になる方法』をさらに深く知るため、リアルサウンドでは傘村自身へメールインタビューを行った。アルバムについてはもちろん、これまであまり公に語ってこなかったであろう傘村自身のパーソナルなことについても答えてもらった貴重なインタビューとなっている。以下の傘村からの言葉を読んでもらえれば、間違いなく傘村トータ自身を、そしてその音楽を今以上に好きになるはずだ。(編集部)
動画に寄せられたコメントを見てはっとさせられた
ーー傘村さんが音楽に興味を持ったきっかけを教えてください。子供の頃〜学生時代はどんな音楽に触れて過ごしてきましたか?
傘村トータ(以下、傘村):小さい頃からピアノを習っていたので、ピアノを使った音楽にとても親しみがあります。ボカロ曲でもJ-POPでも、ピアノが鳴っていると、とても嬉しくなります。ピアノからはじまる曲は特に大好きです!
ーー最初にボカロ音楽を意識したのは、いつ頃のことでしたか? ボカロカルチャーとの出会い、ボカロPになろうと思ったきっかけを教えてください。
傘村:友達が歪Pさんの「絵本『人柱アリス』」という曲を勧めてくれたのが出会いでした。また、初めて買ったボカロはIAだったのですが、そのときLiaさん(IAの中の人)にどハマりして、「Liaさんの声のボカロが出る!? もちろん買います!」という感じで購入しました。
ーーその他、傘村さんの音楽遍歴を語るうえで欠かせないアーティスト・楽曲などあれば、その理由とともにお聞かせください。
傘村:色々とつまみ食い的に聴いてきたので、特に特定のアーティストや楽曲というのはないですが、やはり好んで聴くのはバラードが多いかもしれません。好きな曲調なので、自分でもバラードをメインで作っています。
ーー傘村さんのボカロ楽曲は歌詞が聞き取りやすく、歌声も感情豊かに聴こえ、調教(調声)には相当力を入れているように感じます。ボカロで歌を紡ぐ際のこだわり、醍醐味は?
傘村:ボカロの調声には、楽曲制作の過程の中でも特に時間をかけています。しかしここまでしっかり調声するようになったのは途中からのことでして。何作か制作していて気づいたのですが、「歌がメインの曲なのに、ボーカルがうまくなくてどうするんだ!」と。それ以来、少しずつ凝りはじめて、今のようなスタイルになりました。
醍醐味ですが、やはり細かくエディットするのが楽しいですね。同じ高さの同じ言葉でも、入力の仕方によって雰囲気を変えられたり。特に母音分割を根気よくやると、綺麗に歌ってくれやすくなるかな、と思っています。文章で説明するのはなかなか難しいのですが……例えば、「あ〜い〜♪」と歌わせたいとして、普通に入力すると「あい」となるのですが、これを「ああい」と入れると、「あ」と「い」の間の音の繋がり方の不自然さが緩和されます。また、「ああい」「あーい」「あーあい」「ああいい」「ああいー」「あーいい」「あーいー」「あーあいい」「あーあいー」など、入力の仕方を変えることによって、それぞれ別の聴こえ方になる場合があります。どれがベスト、というわけではなく、状況によって何パターンも試して、お気に入りを探しながら進めていくのが、大変でもあり楽しくもあり。「きみ、こんな歌い方できたんだね!?」と驚かされることもしばしば。長く使っていても発見が多く、そういった面でもボカロは面白いなあと思います。
ーー傘村さんは2017年8月に「しゃぼん玉花火」を投稿して以来、約3年半で100曲近くもの楽曲を発表しています。これはかなり多作だと思うのですが、それだけ多くの楽曲をハイペースで創作するご自身の原動力について、どのようにお考えですか?
傘村:やっぱり音楽が好きで、音楽で自分を表現することが好きで。初めは、自分の中にあるものを形にして、それを見てもらいたい、という思いで走っていました。また、出したいときに出せばいいし、出したくないときは無理に出さなくていい、とゆるりとした気持ちで活動を続けていました。
しかしあるとき、動画に寄せられたコメントを見て(たしか「孤独な勇者の応援歌」だったかなと思います)、はっとさせられました。「きっとこの曲が誰かにとっての初めての傘村トータの『新曲』なんだろうな」と書き込まれていて。ありがたいことに、日々チャンネル登録者数やフォロワー数が増えているのですが、僕が動画を投稿していない間に新しくフォローしてくださった方は、次を出さないかぎり、まだ「傘村トータの新曲」を経験できないわけです。きっと新作を楽しみに、フォローしてくださるのだと思うので、「あ! 傘村トータの通知きてる! 新曲だってー!」と、できるだけ早く傘村ループ(曲を聴く→新曲を待つ→新曲を楽しむ→さらなる新曲を待つ)を楽しんでもらうために、ある程度のペースは保とうと頑張ってきました。
ーー余談ですみませんが、傘村さんはクロワッサンがトレードマークになっているようにお見受けしました。何か特別な思い入れがあるのでしょうか?
傘村:クロワッサンを意識するようになったのは、今回アルバムのイラストを担当してくださっている半額酸素さんがファンアートとして、「傘村パン」というシリーズで絵を描いてくださるようになってからですね。本来、頭の両脇についているのはツノという設定なのですが、酸素さんがクロワッサンと馴染ませてくれて、もう今ではすっかりクロワッサンで定着してしまいました! きっと食べたら美味しい。
ーー今回のニューアルバム『素敵な大人になる方法』は、傘村さんにとって初めての一般流通作品になります。このタイミングで全国流通のアルバムを発売することになった経緯・意図をお聞かせください。
傘村:2018年に同人で初めてアルバム(『歩き出すのだ、傘がなくとも。』)をリリースし、2019年に同人でCD(『さよなら、僕のヒーロー』)を作りました。その中で、「ダウンロードだと買えない」「イベントに行けない」「通販では買えない」など、「欲しいけど手に入れられない」といった意見をかなり耳にしました。だから、次こそは欲しいと思った人にきちんと届けられる形で、アルバムを作りたいなと思っていました。今回< U&R records>さんから一般流通で発売できたことが、大変嬉しいです。
ーーアルバムの1曲目「LIFE」からは、生きづらさを感じる人の心の叫びと、それでも生きることに肯定的になれた救いの気持ちを感じました。本楽曲を1曲目に置いた意図、ご自身がこの楽曲に込めた想いについてお聞かせください。
傘村:CDをセットして、初めに聴こえるのが〈誰か僕を救ってくれ〉というフレーズであることが、傘村トータのアルバムにぴったりだと思いました。僕は、この曲(「LIFE」)の歌詞は傘村トータそのものであるように感じています。自分を救おうと思って作った音楽が、どういうわけか周りの人へ影響していく……。当初はこの現象に驚いていましたが、今では「人生ってきっとそういうものなんだな」と思っています。お裾分けの生き方というか。自分のことを第一に、しかしみんなで少しずつ、幸せへ向かっていく。音楽のあり方としてもそうですが、人間として、そういう人でありたいなと思います。