オリコンチャート上位に並んだ松任谷由実&中島みゆき 稀代のシンガーが2020年に放つ「生きる」というメッセージ
まず、中島みゆき『ここにいるよ』は、“中島みゆきからの「エール」”がテーマになったセレクトアルバムである。2枚組で、それぞれに「エール盤」「寄り添い盤」と名前が付いている。彼女の代表曲のひとつである「ファイト!」などからもわかるが、“エール”というキーワードは中島みゆきの歴史の中で重要なファクターのひとつだった。その“エール”は、いつの時代でも万人にとって日々を生き抜くために必要なエネルギーだったのだ。
「ファイト!」は、もともと1983年発売のアルバム『予感』の収録曲だったが、CMソングとして起用されたことで、1994年に『空と君のあいだに/ファイト!』で両A面シングルとしてリカットされた。今回のアルバムタイトル『ここにいるよ』も、「空と君のあいだに」の歌詞の一節から引用されており、中島みゆきの放つメッセージは時代を超えても色褪せることなく、作品を通して受け継がれてきていることがよくわかる。音源もLAの名匠・スティーブン・マーカッセンによってマスタリングされ、現代のサウンドとして堪能できる内容に。クリアな歌唱とサウンドに驚くばかりだが、中でも、〈そんな時代もあったねと/いつか話せる日が来るわ〉(「時代」)なんて、まさしく今に突き刺さるメッセージ。いつか2020年もこんなふうに振り返れたらいいものだと思う。
そして、松任谷由実の『深海の街』は、前作から4年ぶり通算39枚目となるオリジナルアルバムだ。コロナ禍で制作されたという本作は、松任谷由実が“ユーミンであること”をいったん離れて、松任谷由実という人間を深堀りしたような印象。タイトルの通り、己の中にある深海に身を置くことで、見えてきた“モノ”を言葉にしている。例えば〈白骨〉(「ノートルダム」)なんて、“ユーミン”だったなら選ばないんじゃないかな。松任谷由実だからこそ選んだのだろう。
しかしながらここで記しておきたいのは、決して内省的なだけの暗いアルバムではないということ。生命の誕生を彷彿とさせるような、神秘性あるポップアルバムに仕上がっている。前述した「ノートルダム」は、自身も「あまり類を見ないポップスを書けたという自負がある、アルバムの中でも一、二を争うお気に入りのナンバーです」(引用:ユニバーサルミュージック)と語っている楽曲だが、ポップスという手法を通して時代を捉えるだけでなく、そうやってポップスの在り方そのものまで刷新し続けてきたのが、松任谷由実という音楽家なのだ。さらに、力強い演奏に支えられたバリエーション豊かな楽曲も、このアルバムの「生命力」を象徴しているし、先行配信リリースされていた「深海の街」がアルバムのラストを飾ったことで、また新しい聴こえ方を楽しむことができるというのも今作の面白いところ。単にコロナ禍を反映しただけでなく、キャリア50年近くになっても“新しい表現を求め続ける貪欲さ”があるからこその作品に仕上がっている。
紹介した2作に共通項を見つけるとするならば「生」である。生死の生とかいう概念ではなく、生活するの「生」。簡単に言ってしまえば「生きる」だ。生きるとはどういうことなのか、『深海の街』と『ここにいるよ』という2つの作品が教えてくれる。
音楽という瞬きが、未来への標のひとつになりますように。
■伊藤亜希
ライター。編集。アーティストサイトの企画・制作。喜んだり、落ち込んだり、切なくなったり、お酒を飲んだりしてると、勝手に脳内BGMが流れ出す幸せな日々。旦那と小さなイタリアンバル(新中野駅から徒歩2分)始めました。
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