デヴィッド・ボウイ、99年パリの未発表ライブ音源で歌う“ブルーな情感” 『アワーズ…』制作時の葛藤と確執から紐解く

 『サムシング・イン・ジ・エアー(ライヴ・パリ99)』の曲を紹介していきましょう。

 1曲目「火星の生活(Life On Mars?)」は1971年『ハンキー・ドリー』からのおなじみの作品。マイク・ガーソンのピアノ伴奏は、この曲のメロディの素晴らしさを伝える貴重なバージョンとなりました。

 2曲目「サーズデイズ・チャイルド」は問題のTLCの参加をボウイが提案した『アワーズ…』からの1stシングル。リズムもTLCの歌唱にちょうどよい具合になっています。それを想像しながら聴くと、実現したら、全く異なる力強くも妖艶な傑作となったことが容易に予想されます。返す返すも残念でなりませんが、エム・グライナーとホリー・パーマーのコーラスもまあ、可愛らしいですね。

 このライブアルバムのタイトルとなった3曲目「サムシング・イン・ジ・エアー」も『アワーズ…』から。意味深な内容です。「君と踊るのは長すぎた。僕らは最後に怒鳴り合った。戻ることはできない」と歌う歌詞は「ファック・ユー」とリーヴス・ガブレルスがボウイを断じた二人の関係であるように思えてなりません。1960年代の後半、サイケデリック時代に、Thunderclap Newmanによる大ヒット曲に同名曲がありますが、同名異曲になってます。

 4曲目「ワード・オン・ア・ウイング」は1976年『ステイション・トゥ・ステイション』の中の情感あふれる曲。神的な人格存在が自分の中で成長していく、というちょっと難解な詞。アメリカから漆黒のヨーロッパへの挑戦を開始しようとした時期に作られた曲で、1999年のボウイに新たな人格の目覚めを感じさせる選曲といえます。

 5曲目「キャント・ヘルプ・シンキング・アバウト・ミー」はレア曲。1965年に書かれ、「David Bowie with The Lower Third」名義でリリースされました。デヴィッド・ジョーンズからデヴィッド・ボウイに変わった初めての記念すべき作品となります。The Whoを彷彿とさせる60年代の香りでいっぱいです。

 6曲目「チャイナ・ガール」はもともとイギー・ポップのために書かれ、1983年『レッツ・ダンス』に収録された代表曲。数々の名演で知られますが、最も肩の力が抜けたこのバージョンも聴きやすくていいですね。

 7曲目「いつも同じ車で」は原タイトル「Always Crashing In The Same Car」で、1977年『ロウ』に収録。「制限速度を守り、信号を守り、右左に注意をしているが、ぼくはいつも同じ自分の車の中で壊れていく」という印象的な歌詞。生真面目なボウイが壊れる瞬間を描いているのでしょうか。

 8曲目「サヴァイヴ」は『アワーズ…』からの3rdシングル。珍しく相手に対する未練を歌っています。自分の気持ちはあくまで同じ、君の瞳には僕の姿が残るだろうと。やはりリーヴスへの気持ちを描いたか。あるいはポップスター像を全うしつつあり、大衆に対して示すボウイの矜持かもしれません。

 9曲目「ドライヴ・インの土曜日」は73年『アラジン・セイン』からの「ジーン・ジニー」に続く2ndシングル。全英3位をとってます。「すべての若き野郎ども」に続き、Mott the Hoopleに提供する予定だった曲。イアン・ハンターは曲の複雑さに戸惑って断った、ということですが、ボウイの方は断られたことに強いストレスを感じたようです。

 10曲目「チェンジズ」はおなじみ1971年『ハンキー・ドリー』からのボウイの代表曲。人生や社会に飲みこまれないように「変化しろよ」と若者に説く、温かくも感動的な詞。吉井和哉がいうようにメロディアスな『ハンキー・ドリー』から2曲も含む選曲は、このツアーの心境を物語っているといえます。

 11曲目「セヴン」は『アワーズ…』から4thシングル。新たに生きる一週間、7日という日々をどう生きていくか? ギターの弾き語り風バッキングで始まり、ロバート・フリップ風のギターソロでしみじみと語られる生活感は、ライブを止めた2000年代のプライベートな生活を予言するようです。この曲も1995年に大ヒットしたデヴィッド・フィンチャー監督の同名映画からタイトルを引用しているかもしれません。

 12曲目「レピティション」は1979年『ロジャー』より。「繰り返し」という意味のタイトルの世界を、抑制の効いたバッキングが強めています。

 13曲目「アイ・キャント・リード」はTin Machineの1stアルバム『ティン・マシーン』(1989年)収録のリーヴスとの共作曲。実は『アースリング』に採録する予定があったといいます。そんな曲が大詰めに登場するあたり、このツアーにはリーヴスの影を強く感じてしまいますね。

 14曲目「プリティ・シングス・アー・ゴーイング・トゥヘル」は『アワーズ…』からの2ndシングル。ボウイらしいロックンロールナンバーですが、テクノっぽいモジュレーションや抑制されたメロディが90年代っぽいキャッチーさを持ちます。ペイジ・ハミルトンのソロはかなりゴキゲンですね。

 15曲目「愛しき反抗(Rebel Rebel)」はおなじみ1974年『ダイヤモンドの犬』からの代表曲。もともとボウイ一人による多重録音でシングルが録音され、ミック・ロンソンとの別れの門出となった曲。そんな曲で終わるところが、このアルバムが「次」を感じさせるところです。2000年代はトニー・ヴィスコンティとのコラボを大復活させ、カルロス・アロマーなど、おなじみの黒人メンバーも参加し、ボウイは圧倒的な大作をモノにしていきます。そんな予感と去り行く季節への憂愁を湛えたライブ、ブルーな情感もしっかりと歌い切り、たまらないではないですか!

■サエキけんぞう
アーティスト、作詞家、1958年7月28日、千葉県出身。1980年ハルメンズでデビュー、85年徳島大学歯学部卒。86年パール兄弟で再デビュー、作詞家として、沢田研二、小泉今日子、サディスティック・ミカ・バンド、モーニング娘。マクロスΔ(アニメ)、他多数に提供。著書「歯科医のロック」他多数。2003年フランスで『スシ頭の男』でデビュー、12年「ロックとメディア社会」でミュージックペンクラブ賞受賞。16年パール兄弟30周年を迎え再結成活動本格化。19年「歩きラブ」20年秋渋谷クアトロで矢野顕子と共演。ロックを中心とした現代カルチャー全般、特に映画、などに詳しく、新聞、雑誌などのメディアを中心に執筆も手がける。

■作品情報
デヴィッド・ボウイ『サムシング・イン・ジ・エアー(ライヴ・パリ 99)』
8月14日(金)配信
ダウンロード・ストリーミングはこちら
<収録曲>
01. Life On Mars? / 火星の生活
02. Thursday’s Child / サーズデイズ・チャイルド
03. Something In The Air / サムシング・イン・ジ・エアー
04. Word On A Wing / ワード・オン・ア・ウイング
05. Can’t Help Thinking About Me / キャント・ヘルプ・シンキング・アバウト・ミー
06. China Girl / チャイナ・ガール
07. Always Crashing In The Same Car / いつも同じ車で
08. Survive / サヴァイヴ
09. Drive-In Saturday / ドライヴ・インの土曜日
10. Changes / チェンジズ
11. Seven / セヴン
12. Repetition / レピティション
13. I Can’t Read / アイ・キャント・リード
14. The Pretty Things Are Going To Hell / プリティ・シングス・アー・ゴーイング・トゥ
ヘル
15. Rebel Rebel / 愛しき反抗
Track 1, 4, 5, 7, 9, 10, 12 & 15:written by David Bowie
Track 2, 3, 8, 11, 13 & 14:written by David Bowie / Reeves Gabrels
Track 6:written by David Bowie / Iggy Pop

デヴィッド・ボウイ『OUVREZ LE CHIEN(LIVE DALLAS ‘95)』
7月3日(金)配信開始
ダウンロード・ストリーミングはこちら
<収録曲>
01. Look Back In Anger / 怒りをこめてふり返れ
02. The Hearts Filthy Lesson / ハーツ・フィルシー・レッスン
03. The Voyeur Of Utter Destruction (As Beauty) / 性倒錯者の完全なる破滅(美しき者の死)
04. I Have Not Been To Oxford Town / アイ・ハヴ・ノット・ビーン・トゥ・オックスフォード・タウン
05. Outside / アウトサイド
06. Andy Warhol / アンディ・ウォーホール
07. Breaking Glass / 壊れた鏡
08. The Man Who Sold The World / 世界を売った男
09. We Prick You / ウィ・プリック・ユー
10. I’m Deranged / アイム・ディレンジド
11. Joe The Lion / ライオンのジョー
12. Nite Flights / ナイト・フライツ
13. Under Pressure / アンダー・プレッシャー
14. Teenage Wildlife / ティーンエイジ・ワイルドライフ
15. Moonage Daydream / 月世界の白昼夢 (ボーナス・トラック)
16. Under Pressure / アンダー・プレッシャー (ボーナス・トラック)
Track 1~14: Recorded live at the Starplex Amphitheater, Dallas, 13th October, 1995
Track 15&16: Recorded live at the National Exhibition Centre, Birmingham, 13th December, 1995.

デヴィッド・ボウイ『LIVEANDWELL.COM』
5月15日(金)配信開始
ダウンロード・ストリーミングはこちら
<収録曲>
01. I'm Afraid Of Americans / アイム・アフレイド・オブ・アメリカンズ (Radio City Music Hall New York, 15th October, 1997)
02. The Hearts Filthy Lesson / ハーツ・フィルシー・レッスン (Long Marston, Phoenix Festival, 18th July, 1997)
03. I'm Deranged / アイム・ディレンジュド (Amsterdam, Paradiso, 10th June, 1997)
04. Hallo Spaceboy / ハロー・スペースボーイ (Rio de Janeiro, Metropolitan, 2nd November, 1997)
05. Telling Lies / テリング・ライズ (Amsterdam, Paradiso, 10th June, 1997)
06. The Motel / ザ・モーテル (Amsterdam, Paradiso, 10th June, 1997)
07. The Voyeur Of Utter Destruction (As Beauty) / 性倒錯者の完全なる破滅(美しき者の死)(Rio de Janeiro, Metropolitan, 2nd November, 1997)
08. Battle for Britain (The Letter) / バトル・フォー・ブリティン(ザ・レター) (Radio City Music Hall New York, 15th October, 1997)
09. Seven Years In Tibet / セヴン・イヤーズ・イン・チベット (Radio City Music Hall New York, 15th October, 1997)
10. Little Wonder / リトル・ワンダー (Radio City Music Hall New York, 15th October, 1997)
11. Pallas Athena / パラス・アテナ (Amsterdam, Paradiso, 10th June, 1997)
12. V-2 Schneider / V-2シュナイダー (Amsterdam, Paradiso, 10th June, 1997)

■デヴィッド・ボウイ 関連リンク 
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