デヴィッド・ボウイ「ヒーローズ」はなぜ普遍的な名曲であり続ける? 映画『ジョジョ・ラビット』から紐解く“英雄”の意味

 映画『ジョジョ・ラビット』のエンディングにデヴィッド・ボウイ「ヒーローズ(“Heroes”)」のドイツ語バージョン「“Helden”」が流れるのは、とても印象的だった。それだけになぜ、日本公開で歌詞の訳を字幕にしなかったのか、不満が残った。

デヴィッド・ボウイ「Helden – 2002 Remaster」

 第二次世界大戦中のナチス・ドイツで10歳の男の子・ジョジョは、アドルフ・ヒトラーを空想上の友だちにしている。ヒトラーといえばユダヤ人を虐殺した独裁者だが、立派な兵士になることを夢見ていた当時の男の子にとっては、憧れの人だった。だが、彼は、自分の家の壁の奥にユダヤ人の少女・エルサが隠れ住んでいたことに気づく。ジョジョと2人で暮らしていたはずの母(ロージー)は、少女をかくまっていたのだ。エルサは、通報すれば家にいる全員が死刑になると脅す。ジョジョはそんなエルサに反発しつつも、たびたび会話を交わすうちに彼女に魅かれていく。

タイカ・ワイティティ監督がヒトラーに!映画『ジョジョ・ラビット』日本版予告編

 シリアスな題材だが、ウサギを殺せなかった臆病なジョジョがチョビ髭の独裁者と一緒に走り回るなど、思いきった設定で意外にコミカルな映画に仕上がっている。年上のエルサがジョジョを翻弄し、彼が年下なりに気を回すという2人の姉弟的なやりとりも楽しい。反政府活動やユダヤ人への弾圧が強まり、ジョジョにも危険や悲劇が訪れるが、やがてドイツは敗戦を迎える。そして物語の幕が閉じる瞬間、「ヒーローズ」が流れ出す。

 『ジョジョ・ラビット』では、映画音楽界の売れっ子マイケル・ジアッキーノがスコアを書いたほか、クラシック、ジャズ、ロック、ポップ、ラテンなどから様々な既成曲が使われている。オープニングで流れるのは、The Beatles「抱きしめたい(I Want To Hold Your Hand)」のドイツ語版「Komm Gib Mir Deine Hand」だ。まず冒頭で、アイドルとして熱狂的歓声を浴びたThe Beatlesと、カリスマ性のある指導者として演説で大衆を酔わせ絶大な支持を得たヒトラーが、重ね合わされる。その熱狂や支持は、独裁者を心の友にしたジョジョのものでもある。

The Beatles「Komm Gib Mir Deine Hand」

 しかし、エルサとの交流で次第に考え方や気持ちが揺さぶられ、ナチスが敗れその価値観が否定されたことでジョジョは変化する。エンディングで新時代の到来を告げるように「ヒーローズ」は鳴り響く。

デヴィッド・ボウイ『“Heroes”』

 ただ、1977年にレコーディングされたこの曲の制作背景を知っていれば、もう少し複雑な感想を抱くはずだ。第二次大戦後、世界はソ連を中心とする社会主義圏とアメリカを中心とする自由主義圏が対立する東西冷戦時代を迎える。象徴的なのが国家を東西に分断されたドイツであり、以前の首都ベルリンも市内に壁が築かれ東西の行き来が禁じられた。ボウイが、そのベルリンの壁に近いスタジオでアルバム『ヒーローズ』を録音したことは、ロック界では有名な話である。ボウイは、同作プロデューサーのトニー・ヴィスコンティが壁のそばで恋人を抱きしめる光景を見て、タイトル曲の歌詞を着想したという。

 2016年1月にボウイが死去した際、ドイツ外務省は「ベルリンの壁崩壊への助力をありがとう」とツイートした。1987年にボウイは西ベルリンの壁近くでコンサートを催し、「ヒーローズ」を歌って壁の向こう側に呼びかけたのだった。もともとこの曲は、分断を象徴する壁に対して愛を歌った内容である。今ではポジティブなイメージが強くなった曲だ。ただ、原題は「“Heroes”」でありカッコ付きの「英雄」である。メインフレーズの「私たちは英雄になるだろう」には「1日だけ」と続く。皮肉も感じられる曲なのだ。

David Bowie – Heroes (Official Video)

 「ヒーローズ」の歌の中で恋人たちは、頭上を銃弾が飛び交う壁の脇でキスをする。歌詞に「壁」という言葉が登場するし、それが字幕で表示されていれば、映画の観客はドイツの戦後史を容易に思い出せただろう。『ジョジョ・ラビット』では、ヒトラーを信奉する少年とユダヤ人少女の間にあった心理的な壁が溶けていく。ドイツの敗戦は、両者を対立させていた国家の論理の崩壊であり、自由への希望である。だが、以後の現実では東西冷戦の新たな対立が生まれ、物理的な壁が築かれた。そのベルリンの壁も、冷戦終結に伴い1989年に崩壊した。こうした歴史を勘案すると、映画の締め括りに流れる「ヒーローズ」は、ポジティブなニュアンスばかりとはいえない。

インタビュー

もっとみる

Pick Up!

「アーティスト分析」の最新記事

もっとみる