松田聖子、「SWEET MEMORIES~甘い記憶~」から紐解く名曲の背景 松本隆の全編日本語詞にも注目

松田聖子、名曲の背景を紐解く

 松田聖子が、デビュー40周年の記念日である4月1日に「SWEET MEMORIES~甘い記憶~」を配信リリースした。

 「SWEET MEMORIES~甘い記憶~」は、作詞家・松本隆の全編日本語による歌詞が加えられた新バージョン。リアレンジ、リレコーディングによって、原曲の豊かな魅力を引き出している。また松田聖子自身が監督をつとめた同曲初となるMVは、当時の『サントリーCANビール』CMへのオマージュもたっぷり。本稿では彼女の代表曲の一つである「SWEET MEMORIES」の背景を改めて紐解きながら、新たに制作された「SWEET MEMORIES~甘い記憶~」の魅力を紹介したい。

 「SWEET MEMORIES」は14枚目のシングル『ガラスの林檎』のB面曲として、1983年8月に発表された。作詞はもちろん松本隆、作曲は大村雅朗。大村は「青い珊瑚礁」(1980年)、「チェリーブラッサム」(1981年)、「夏の扉」(1981年)、「白いパラソル」(1981年)などの編曲、アルバム楽曲の作曲を担当していたが、シングル収録曲の作曲は、「SWEET MEMORIES」が初めてだった。1980年に「裸足の季節」でデビューし、「青い珊瑚礁」のヒットによって一気に音楽シーンの頂点に立った松田聖子。82年にリリースした名曲「赤いスイートピー」でアイドル歌手としての絶頂期を迎えた彼女が、シンガー/アーティストとしての評価を高める契機の一つが「SWEET MEMORIES」だった。

 幻想的なシンセサイザーの音色(制作は初期YMOのマニピュレーターとしても知られる松武秀樹)からはじまる「SWEET MEMORIES」は、一聴して分かるように、1940~50年代のジャズスタンダードを想起させる。大瀧詠一、細野晴臣、呉田軽穂(松任谷由実)といったアーティストを起用し、1980年代のポップシーンに新たな表現を持ち込んだ松田聖子が、オーセンティックなジャズの雰囲気をたたえた「SWEET MEMORIES」を歌うことは相当なインパクトがあった。この楽曲が『サントリーCANビール』CMで使用された際、「誰が歌っているのか?」と話題を集めたことは(放送当初は歌手名のクレジットが表記されていなかった)、アイドルとしての彼女のイメージと、大人の魅力に溢れた「SWEET MEMORIES」の歌声が良い意味で合致しなかったことの証左だろう。ややハスキーな声で歌われる、憂いと切なさ、そして、洗練された美しさを兼ね備えたボーカルは、いま聴いても絶品だ。

 桑田佳祐、奇妙礼太郎、菊地成孔、渋谷すばる、原田知世など数多くのアーティストがカバーしたことでも知られる「SWEET MEMORIES」のリアレンジ・セルフカバーが制作されたきっかけは、2018年に発売された大村雅朗トリビュート作品『Seiko Memories Masaaki Omura Works』の制作中に、当時の「SWEET MEMORIES」のマスターテープのケースから、松本隆の自筆による全編日本語で書かれた歌詞が発見されたこと。デビュー40周年を迎えた松田聖子が「この歌詞で歌ってみたい」と希望したことで、今回の「SWEET MEMORIES~甘い記憶~」が実現したというわけだ。

 最大の聴きどころはやはり、原曲の英語詞パートが日本語で歌われていることだろう。

〈Don’t kiss me baby,we can never be~〉から始まるラインが、〈キスしたら いけないわ/傷をひとつ 増やすだけよ〉という日本語に変換されることにより、楽曲で描かれる二人の関係、そこに生じる感情がストレートに表現されているのだ。この新たなテイクの魅力の中心は、言うまでもなく松田聖子の歌だ。切なくも甘美な心情を率直に映し出し、ひとつひとつのフレーズから豊かな感情が広がる歌からは、デビュー40周年を迎えた彼女の“今”がしっかりと伝わってくる。そこにはもちろん成熟もあるが、同時に瑞々しさ、純粋さを感じさせるところが、シンガーとしての松田聖子の凄さだと思う。

 また、ピアノ、ストリングスなどの生楽器の響きを活かしたオーガニックかつ優美なサウンドも、彼女の歌の表情をしっかりと際立たせている。シンセの音を加えることで、原曲の雰囲気を残していることもポイントだろう。

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