寺尾紗穂『北へ向かう』はなぜ聴く者の心を動かすのか? 情景を通して歌われる「生命の愛おしさ」について

寺尾紗穂『北へ向かう』はなぜ聴く者の心を動かすのか? 情景を通して歌われる「生命の愛おしさ」について

 寺尾紗穂は、情景を描くことに素晴らしく秀でた音楽家である。景色ではなく、情景だ。風、波、星、山といった自然の風景や、虫の鳴き声、鳥のさえずりなどの中に、自身の記憶や感情と重なる部分を見出し、伸びやかな歌声とピアノの旋律、言葉選びの妙によって温かな音楽表現へと昇華していく。例えば『御身』収録の「ねえ、彗星」で、彗星を〈やたらと涙もろい〉と表現しているのは、まさに寺尾の言葉の真骨頂と言えるだろう。そうやって自然に身を任せて感情の機微を書き留めているからこそ、誇張ではなく、ありのままの心の起伏がしっかり感じられるのだ。人間本来の素直な熱量や、季節の移ろいを感じる心の豊かさ、見つめるべきものと正面から対峙する姿勢ーーそれは、温度のない情報ばかりが飛び交い、自然の風景すら“画面上の出来事”になってしまった現代において、今一度見つめ直されるべき“歌”本来の役割である気がしてならない。

寺尾紗穂「ねえ、彗星」

 3月4日に寺尾紗穂の最新作『北へ向かう』が発売された。“冬にわかれて”名義のリリースやエッセイの出版があったとはいえ、3年ぶりというのは久しぶりな感じがする。だが、いざ再生してみるとそんなこと忘れて一気にアルバムの世界に没入してしまった。なんと美しい作品だろう。多岐にわたるミュージシャンの参加で幅広いジャンルを横断しているが、すべての演奏は歌と言葉を届けるために鳴っていて、情感豊かなアレンジの匙加減も絶妙である。そして、聴けば聴くほど心に染み渡っていく奥深さも存分に感じられるけれど、もっとストレートに感情に訴えかけてくる得体のしれない“何か”が今作にはある。それは冒頭で述べたように、ひとりの人間として忘れてしまっていた大切なことを、歌で思い出させられたような気がしたからだ。

 まず、今作は全編を通して、生命の刹那について歌った作品であると感じた。生と死、出会いと別れ、始まりと終わり。それを最も象徴しているのが表題曲「北へ向かう」だろう。音楽家・翻訳家として活躍した寺尾の父が2018年に亡くなり、その葬式の日に書き上げられた曲なのだというが、そう思うと、込み上げてくる感情をぐっと押し殺しながら歌われているように聴こえてきて、どうしようもなく胸が締め付けられる。だが、キセルのアレンジによって前向きに進んでいく楽曲と、〈僕らは出会いそしてまた別れる〉〈日々生まれてゆく新しい愛の歌が/あなたにも聞こえますように〉という歌詞を聴いていると、誰もが経験する出会いと別れ、ふとした時に「あの人元気かな」と思い返すような何気ない感情を切り取った、普遍的な楽曲にも聴こえてくるから不思議だ。“父の死”という非常に個人的な出来事を、誰もが想いを寄せられる形で音楽に落とし込むーー寺尾の表現の巧みさを感じたと同時に、先日のアカデミー賞授賞式でポン・ジュノが言及した、マーティン・スコセッシの「最も個人的なことが最もクリエイティブなことだ」という言葉がふと脳裏をよぎった。

寺尾紗穂 – 北へ向かう

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